(23)網膜硝子体手術 倉敷成人病センター 岡野内俊雄眼科部長

細心の注意を払いながら手術を進める岡野内眼科部長(左)

岡野内俊雄眼科部長

 ―最初に見せていただいた糖尿病黄斑浮腫の手術では新しい治療法を行ったそうですね。

 岡野内 岡山大医学部の網膜グループが開発し、現在臨床研究段階にある「黄斑浮腫に対する人工房水の網膜下注入」です。薬剤やレーザー治療を行っても浮腫が残ってしまう場合がある。こうなると従来は指をくわえているしかなかった。しかし網膜の下に人工房水を注入し、浸透圧を下げて浮腫を吸収させるこの治療法で道が開けるかもしれません。当院でも倫理委員会を通した上で行っており、良好な成績を挙げています。房水は硝子体(しょうしたい)とともに眼球内を満たしている液体です。網膜を剥離してこれを注入するのですから、斬新な治療法ではあります。

 ―早く多くの人が恩恵にあずかれるようになるといいですね。基本に返って硝子体や網膜について教えて下さい。

 岡野内 眼球をデジカメに例えると画像センサーに当たるのが網膜で、目に入ってきた情報を視神経を介して脳に伝えています。網膜の中で光が入ってくる中心となる部分が黄斑。視力に関わる重要な部位です。硝子体はゲル状の組織で、光が通る透明な光路を形成するとともに眼球の形状を内側から保つ役割を果たしています。

 ―そうすると、網膜硝子体手術とは?

 岡野内 硝子体を切除し、その後の硝子体腔(くう)を経由して行う手術で、網膜を対象とする場合が多いです。具体的には局所麻酔をし、角膜そばの毛様体付近に0・4ミリ程度の微小な穴を3カ所ないし4カ所開けます。一つないし二つは処置に必要な硝子体カッターや剪(せん)刀、眼内鉗子(かんし)を入れるため、一つは眼内を照らすライトを入れるため、もう一つからは術中、眼球の形を保つかん流液を流します。挿入した器具で悪い組織を取り除いたりするわけです。

 ―対象となるのはどのような病気ですか。

 岡野内 網膜全体が障害される重篤な疾患に網膜剥離があります。これが長く続くと増殖硝子体網膜症に陥る。また糖尿病網膜症が進行した増殖糖尿病網膜症。これらは治療しないと失明に至ります。一方、黄斑の中心に穴が開く黄斑円孔、黄斑の網膜面に膜が張る黄斑上膜、近視の強い眼(め)に起こる黄斑分離などは通常失明には至りませんが、視力低下など見え方の質が著しく低下します。こうした疾患を治療する有効な手段が、網膜硝子体手術です。

 ―糖尿病性硝子体出血の手術でレーザーを照射していました。

 岡野内 糖尿病で血糖が高い状態が続くと網膜の毛細血管が少しずつ損傷し、変形したり詰まったりします。その結果網膜に酸素が行き渡らなくなり、それに反応して新しい血管(新生血管)の異常な成長が生じます。新生血管はもろく容易に出血を起こし、出血が硝子体中にたまった状態が硝子体出血です。レーザー照射は異常な血管新生を抑えるためです。

 ―硝子体手術の利点と、始められたきっかけを。

 岡野内 現在の硝子体手術は侵襲が少なく、かつ徹底的な処置ができます。低侵襲化により術後の炎症や再増殖が減り、創の縫合も必要ありません。私も昔は重症化した増殖糖尿病網膜症などの患者を硝子体手術の技術がある病院に頼まざるを得えませんでした。重篤な病態に陥った時にこそ、自分が力になりたかった。母校の岡山大医学部に戻り、白神史雄先生(現眼科教授)の下で硝子体手術を学びました。先生はこの分野のパイオニアの一人です。

 ―眼球内ですから微妙で大変な手術ですね。

 岡野内 手術顕微鏡で立体映像を見ながら行いますが、相応の熟練を要します。眼球内を手術するのは、水に浮いたピンポン玉を扱うようなもの。微細な処置が的確にできるよう工夫もしてきました。

 ―術中、患者のベッドの高さを細かく調整していましたね。

 岡野内 私は椅子に座って頭側から真下に眼球を見る形で手術し、その時々で微妙に高さを変えます。以前、陶芸家がろくろを回す様子を見て「手先を安定させるにはこの高さだ」と思いました。あの感じですね。

 ―なるほど。一方で近年の機器の進歩も著しいと聞きました。

 岡野内 そうです。照明技術の進歩で片手が術中の照明から解放され、両手を眼内操作に使えるようになったことは大きい。それと、診断技術の向上。OCT(光干渉断層計)が登場し、黄斑円孔や黄斑分離の病態や進行状況が分かるようになった。以前はよく分からなかったんです。OCTを使えば厚さ250ミクロン程度の網膜を構成する10層の細胞構造が全部分かる。OCTのおかげで疾患の病態自体が解明できるようになりました。

 ―最後に、硝子体手術のやりがいや、眼の病気に関して期待する将来技術などを。

 岡野内 増殖糖尿病網膜症や増殖硝子体網膜症など重篤な疾患が、この手術法とその進歩により、低侵襲で治せるようになったことは画期的です。半面、患者にとって私たちは「最後の砦(とりで)」であり、私たちが踏ん張らねばならない。今期待しているのはiPS細胞(人工多能性幹細胞)ですね。これを使った網膜や角膜の再生医療。既にいいところまできており、今後の治療手段の一つとして期待されます。



 倉敷成人病センター(倉敷市白楽町250、086―422―2111)

 おかのうち・としお 広島大付属高、岡山大医学部卒。岡山大眼科学教室、広島市民病院眼科など経て岡山大医学部付属病院眼科。広島市民病院眼科副部長を経て2006年から倉敷成人病センター眼科部長。岡山大医学部臨床教授。医学博士。日本眼科学会専門医、日本眼科学会指導医、PDT認定医。49歳。

(2016年04月18日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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