乳がんとの出合い  川崎医科大病院長 園尾博司

 山口大学医学部を卒業し、郷里の徳島大学第2外科に入局した。命に直結した心臓外科をやりたかったが、誘いを受けたのは乳がんグループのみであった。当時、乳がんは少なく、手術も単純であまり魅力がなく、断った。1年後、外の病院に出向することになり、送別会の席で請われていた乳がんグループに弟子入りを決めた。

 今日まで徳島で12年、岡山で33年、合計45年間乳がん診療に携わり、生涯の仕事となった。初期に道筋をつけ、ご指導いただいた恩師O先生に感謝している。

 縁あって1984年に岡山の地に移り、川崎医科大学で今日までお世話になっている。恩師故S教授の下で学び、87年にわが国で始まった乳房温存手術と研究途上であったホルモン療法を推し進めた。その後、乳がんが女性で最も多いがんとなり、他領域に先駆けた温存手術と薬物療法が注目を集めるようになり今日に至っている。

 当院で十数年前に始めたセンチネルリンパ節生検は6年前に保険適用となり、不必要な脇のリンパ節の切除が省略され、腕や手の腫れが激減した。3年前には乳房切除後の乳房再建インプラントの保険適用が認められ、100万円の自己負担が数万円に軽減した。日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会のもとで外科医と形成外科医の協力体制が構築されている。この学会の設立と保険適用に関われたことはうれしい出来事であった。

 思いがけない乳がんとの出合いが自分の生涯の仕事となり、治療の進歩とともに多くの患者さんと関わってきた。良い仲間や先輩・後輩に恵まれ、充実して過ごせたことに心より感謝したい。



 山口大医学部卒。徳島大を経て、1984年に川崎医科大へ。乳腺甲状腺外科教授を経て、2013年4月から現職。日本乳癌学会理事長や日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会理事長などを務めた。12年にがん撲滅に尽力した功績をたたえる山陽新聞社会事業団の松岡良明賞、14年に山陽新聞賞。徳島県出身。68歳。

(2016年10月07日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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