(29)脳梗塞のt-PA治療 岡山赤十字病院脳卒中科 岩永健部長

なごやかな雰囲気で行われるカンファレンス。岩永部長(右から2人目)を中心に、多職種の医療スタッフが活発に意見交換する

「診断や治療の精度を高めたい」と語る岩永部長

適用は1、2割 時間との勝負

 脳梗塞の治療は、時間との勝負だ。脳に酸素や栄養分を供給する動脈が血栓で詰まり、血流が止まる。時間がたつほど脳細胞の壊死が広がり、脳に重篤なダメージを及ぼす。血栓を溶かし、いち早く血流を再開させる治療として非常に有効なのがt―PA治療だ。

 およそ1時間かけて静脈から点滴する。個々の患者の状態によって効き方は異なるが、効果が高いケースでは、意識がなかったり、まひを起こした患者が、医師の目の前で劇的に回復する。脳梗塞後に後遺症なく社会復帰できる可能性も、他の治療に比べて高いという。岡山赤十字病院は2008年、脳梗塞を診る専門科として脳卒中科を開設し、これまで約200人にt―PA治療を適用している。

 ただ、t―PAは誰にでも使えるわけではない。脳梗塞の治療ガイドラインで、発症から4・5時間以内という条件が決められている。また時間内でも、脳梗塞の範囲が広がりすぎていたり、血栓予防の薬などの影響で脳内出血のリスクが大きい場合は使用できない。同病院でも、急性の脳梗塞患者のうち、t―PAを適用できるのは1、2割だ。

 救急車や地域の開業医から、脳梗塞が疑われる患者搬送の連絡がくると、岩永らは脳外科や検査部門などと連携し、t―PAを想定して準備を始める。頭部のMRIやエコー検査、採血など、治療方針を決めるための準備を行い、患者を待ち受ける。t―PA適用となれば、1分1秒も無駄にできないからだ。脳梗塞の症状と似た別の疾患ではないか、短時間かつ高い精度で診断を行う必要がある。

 さらに「検査を進めつつ、患者に関するありとあらゆる情報を全力でかき集める」と岩永は言う。手足や顔面のまひ、ろれつが回らないなどの典型的な症状が現れた時間や状況、持病や病歴、かかりつけ病院や服薬中の薬などを、家族やかかりつけ医らから聞き取る。脳梗塞の発症時間や抗血栓薬など併用注意薬の服用状況が不明の場合、t―PAを使えないため、情報が患者の治療方針を大きく左右する。

 「t―PAを使えるのは、実際のところごく一部。t―PAが使えなくても、それに劣らない質の高い医療を提供したい」。心臓にできた血栓が脳の血管に到達して起きる心原性脳塞栓症、脳の太い血管が動脈硬化を起こして発症するアテローム血栓性脳梗塞など、脳梗塞には複数の種類がある。発症部位や症状に応じて最適な治療薬を選択する必要があり、医師としての的確な判断が求められる。

 脳梗塞の場合、体の機能が衰えるのを防ぐため、リハビリは入院初日から行う。関節部分を動かすだけの人、立ち上がることができる人など、患者の状態によってリハビリの進め方はさまざまだ。また脳梗塞発症直後は、意識レベル低下による誤嚥(ごえん)性肺炎、中枢神経のストレスによる消化管出血などさまざまな合併症を起こしやすい時期でもある。医師と多職種の医療スタッフが毎朝情報を共有する時間を設け、連携しケアに取り組む。「特に最初の1週間は気を抜けない時期。患者の病状を安定させ、回復期の病院、社会復帰へとつなげていくのが、急性期を診る病院としての役目」と語る。

     □  ■

 「患者さんの発語が徐々に増えてきましたね」「もう少し食事量を増やしてみましょうか」「退院後に薬を管理するご家族はいるかな」―。

 院内で週1回開く脳梗塞患者のカンファレンスは、なごやかな雰囲気の中、医療スタッフが活発に意見を交換する。岩永を中心に、入院病棟の看護師、リハビリ担当の理学療法士や作業療法士、言語聴覚士、栄養士、薬剤師、ソーシャルワーカーらが、現在の病状やリハビリの進め方、退院後に必要なケアなどについて話し合う。

 「あえて冗談を言ったりして、誰でも気軽に発言しやすい雰囲気を心掛けている」と岩永。患者や家族の率直な気持ち、退院後にどのような生活を送りたいかなど、医療面を超えた情報が自然と共有されるという。また地域のかかりつけ医やケアマネジャーに参加してもらうこともあり、退院後の地域生活を支える立場の人との連携も深めている。

 近年、脳梗塞など重篤な疾患であっても長期入院するケースは少ない。急性期病院である同病院では、脳梗塞の平均入院日数は15日だ。そのため岩永は、地域の病院などと連携し、脳梗塞や脳出血など「脳卒中」に関する幅広い知識の普及にも力を入れている。

 病院主催の一般向け講演会をはじめ、岡山県南東部の医療機関による連携組織「もも脳ネット」でも講習を開催。救急車で運ばれてきた実際の脳卒中患者の治療の流れを撮影した動画などを使い、ただちに受診するべき脳卒中の症状や家族に把握しておいてほしい情報、脳卒中の危険因子(高血圧、糖尿病、喫煙など)を、医療関係者や一般の人に伝えている。「知識の啓発が、万一の際に早い受診につながる。脳梗塞などで寝たきりになる人を、地域全体で減らしていきたい」

 (敬称略)

     ◇

 岡山赤十字病院(岡山市北区青江2の1の1、086―222―8811)

 いわなが たけし 福岡・小倉高、宮崎医科大卒。九州大第二内科に入局後、済生会八幡病院、九州労災病院などを経て2005年より川崎医科大学へ。オーストラリア・メルボルン大などを経て11年より岡山赤十字病院勤務。脳卒中センター長、地域連携室副室長も務める。日本脳卒中学会専門医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本老年医学会老年病専門医、日本神経超音波学会脳神経超音波診断士・評議員、もも脳ネット理事。45歳。


危険因子の不整脈 治療必要な症例、代表は心房細動

 脳梗塞を引き起こす危険因子として、高血圧や糖尿病、高コレステロール、喫煙などがある。中でも、近年注目されているのが「不整脈」だ。

 脈のリズムが速くなったり、遅くなったり、乱れたりする症状で、健康な人でも起こることがあるが、一部には治療が必要なケースがある。代表的な症例が心房細動だ。心臓内に血栓が形成され、血栓が脳に運ばれると心原性脳塞栓症を引き起こす。このタイプは脳の広い範囲に脳梗塞を起こし、致死率も高い。

 治療が必要な不整脈であれば、心拍数のコントロールを行う。心房細動の場合、脈が頻回にとぶ、動悸(どうき)などの自覚症状が出ることがあり、血栓を防ぐ抗凝固薬の内服が重要となる。

(2016年12月07日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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