岡山大学大学院心臓血管外科 笠原真悟教授 チームワーク発揮し手術

笠原真悟教授

 ―24年間にわたって心臓血管外科をけん引された佐野俊二前教授(現・米カリフォルニア大学サンフランシスコ校小児心臓胸部外科教授)の後を引き継がれました。

 岡山大学心臓血管外科は1991年に第2外科から独立しました。鳥取県・三朝温泉にあった医学部付属環境病態研究施設で教授を務められた古元嘉昭先生が初代、93年から佐野先生が第2代教授を務め、昨年から私が第3代として重責を担うこととなりました。

 心臓血管外科には現在、医師が13人おり、小児から成人までの心疾患や血管疾患など年間600例を超える手術を行っています。全国各地にある同門施設(計23施設)の手術件数は年間約4500例に達し、いずれも国内有数の実績を誇ります。

 全国から岡山大学に紹介されてくる患者さんは、他の施設では対応できない難しいケースが大半です。今後も受け入れを増やしていかなければなりません。

 ―特に小児の先天性心疾患治療に関して、全国的に注目されています。

 左心低形成症候群や単心室症といった重症例をはじめ、小児全体で年間約350例の手術を手掛けています。最近は生後1カ月に満たない新生児の手術が増え、全体の25~30%を占めます。胎児診断が発達したおかげで、出生前から小児科や産科婦人科など学内の他診療科と連携して対応に当たっています。さらに体制を充実させたいと思っています。

 佐野先生が切り開かれた心筋再生医療の研究も、引き続き学内の先生方とともに取り組んでいます。小児の心臓移植は提供者(ドナー)が少なく、機会が限られているのが現状です。再生医療を早期に実用化し、保険適用を目指すことが必要です。

 小児の先天性心疾患の治療成績が非常によくなり、成人に達する患者さんが増えたのを受け、2014年に「成人先天性心疾患センター」(センター長・伊藤浩循環器内科教授)も開設しました。先天性心疾患は成人以降も継続診療が必要で、診療科の垣根を越えて情報を共有し、対応しています。大学ならではの取り組みでしょう。

 ―手術の際は何を心掛けておられますか。

 私は「手術が速い」と言われることが多いのですが、手術の無駄をなくそうと努力しているからだと思います。診断に始まり、事前の準備をきちんと行って想定外の事態が発生するリスクを減らし、チームワークを発揮して取り組むことです。もちろん、スムーズに早く手術を終わらせる方が患者さんのためになります。手術時間により、体に与える負担や術後の感染症の発生率が全く違います。

 無駄をなくすことは、心臓血管外科の体制を維持していくためにも必要だと思います。医療が細分化されている中で、小児、成人、血管というすべての分野を1人の医師がカバーすることは不可能です。オーバーワークを避けながら、今と同じ程度かそれ以上の手術件数を手掛けていくには、チームワーク医療を目指すしかありません。

 近隣には、岡山大学病院以外にも心臓血管外科を持つ施設があります。貴重な医療資源を無駄なく活用し、患者さんに資するためにも、それらの施設と力を合わせ、岡山県を中心とした循環器疾患の外科部門を支えていかなければと思っています。

 ―教授は海外留学で腕を磨かれたそうですね。

 医者になったからには、自分の元に来る患者さんを1人残らず助けたいと願っています。佐野先生の下にいらっしゃった河田政明・現自治医科大学教授は私の恩師の1人で、「佐野先生の下で働いたらどうか」と勧めてくださいました。1999年に岡山大学に赴任して間もなく海外留学も決まり、2001年から、オーストラリアのウエストミード小児病院で研修を重ねました。

 翌年には、佐野先生も在籍したニュージーランドのグリーンレーン病院から招かれ、術者として働くことになりました。周辺国からも重症の子どもたちがやって来ます。インド人、フィリピン人ら人種を超えたアシスタントとともに、来る日も来る日も手術しました。05年に岡山大学に戻るまで3年余り、計650例ぐらいやりました。日々のプレッシャーに打ち勝つ自信もつきました。今があるのは、このときの経験が大きいですね。

 ―今後の目標を聞かせてください。

 心臓血管外科の体制をより力強いものにしていきます。私たちが頑張らないと、心臓血管外科を志望する若い先生が増えないし、今いる人もついてこない。「自分たちもいつかあんな医師になりたい」と、常に目標にされるよう、これまで以上に仕事をしていこうと思っています。

 これまでに診た患者の90%ぐらいは子どもたちです。治療の結果、元気になった子どもの成長や発達を見守っている時、この仕事を選んで本当によかったと感じます。そんな喜びも後輩に伝えていきたいですね。

 かさはら・しんご 長野県立長野高校、北里大学医学部卒。同大学病院、埼玉県立小児医療センターなどを経て、1999年に岡山大学医学部付属病院へ。2001年からオーストラリア・ウエストミード小児病院クリニカルフェロー、翌年からニュージーランド・グリーンレーン病院コンサルタントサージャン。05年に岡山大学に戻り、大学院医歯薬学総合研究科高齢社会医療・介護機器研究推進講座教授などを歴任。17年8月から現職。日本小児循環器学会評議員なども務める。医学博士。54歳。

(2018年01月15日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

カテゴリー

関連病院

PAGE TOP