川崎医科大学放射線医学(治療) 平塚純一教授 QOL損なわない治療

京都大学原子炉実験所でBNCTの治療準備状況を確認する平塚教授

平塚純一教授

 ―がん治療では、手術、抗がん剤と並ぶ三本柱の放射線治療に対する期待が高まっています。

 放射線治療は「根治照射」から、痛みや苦痛を和らげる「緩和治療」まで、広い守備範囲があります。治療開始時に一人一人の患者さんの病態を考慮してゴールを設定することが重要です。放射線を上手に使うことで、QOL(生活の質)を損なわない治療ができると考えています。

 川崎医科大学付属病院の放射線科には、頭頸部(とうけいぶ)がん、乳がんや婦人科系がん、泌尿器系がんなど、各地から多くのがん患者さんが来診され、治療実績は年間600~700件に上ります。特に前立腺がんのHDR(高線量率組織内照射療法)は1997年から累計約1200例に上り、全国トップクラスです。

 放射線の強さを自在に変えられるIMRT(強度変調放射線治療)など、高精度照射技術が登場してきました。病巣がスペードやハートの形だったとしても、ほぼその形通りに放射線を当てられるようになり、より少ない副作用で治療効果も向上しています。今後も放射線治療を望む患者さんは増えるでしょう。

 ―放射線治療が他の治療に取って代わるのでしょうか。

 根治性が高まっているとはいえ、放射線治療が最優先だなどとは考えていません。手術や抗がん剤と同様、放射線にも長所、短所があることを理解し、それぞれの優れた点をうまく組み合わせれば良いのです。

 例えば、当院の乳腺甲状腺外科が全国に先駆けて始めた乳がんの乳房温存手術では、術後に局所再発を抑制する目的で放射線治療を併用します。私たちは一般的な25回照射(5週間)以外に、医学的エビデンス(根拠)に基づく短期間の16回照射(3週間)も行っており、患者さんの仕事や介護の都合、通院の便宜なども踏まえ、ご自身で選択してもらっています。

 ―2003年から、中性子を利用した次世代のがん治療であるBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)の臨床研究が続いています。教授は関連学会の会長も務めたトップランナーですね。

 頭頸部がんと、悪性黒色腫(メラノーマ)をはじめとした皮膚がんを対象に、これまでに約110例を手掛けました。いずれも手術や抗がん剤などの標準治療では効果が期待できない患者さんです。

 BNCTは、患者さんとともに京都大学原子炉実験所(大阪府熊取町)に出向いて行います。まず、がん細胞に集まる性質を持つホウ素化合物を点滴で注入します。原子炉で発生させた中性子を照射すると、がん細胞に取り込まれたホウ素と反応し、そこで発生するアルファ線ががん細胞のみを破壊します。

 これまでの放射線治療はエックス線による画像、いわば“影”を基に照射しますが、病巣の周囲には影として映らないがん細胞が浸潤しており、捉えきれませんでした。BNCTはがん細胞と正常細胞を区別し、がん細胞だけを選んで死滅させることができるのです。この「がん細胞選択的」放射線治療が普及すれば、副作用やそれに伴うQOLの低下を防ぐことにもつながります。究極の放射線治療だと思っています。

 巨大な原子炉がなくても、都市部の病院に設置可能な小型の加速器で発生させた中性子を用いて、世界初の臨床試験にも挑みました。目指すのは、元からがんがなかったかのようにきれいに治すこと。その実現に近づけるよう、さらに研究を続けていきます。

 ―放射線治療医の育成も重要です。学生、研修医にはその魅力をどのように伝えられていますか。

 後進の育成はどの大学にとっても共通の課題です。学生教育では、少ない講義・臨床実習時間の中で放射線治療の魅力を伝えることに苦労しています。コンピューター治療計画・治療手技を教えるだけでなく、座学での講義以外に、がん治療の醍醐味(だいごみ)である治癒過程や、それに伴う患者さんの笑顔を少しでも体感してもらうため、外来診療で患者さんの生の声を聞いてもらうようにしています。

 また、研修医教育として、当大学だけでなく、中国・四国地方の10大学が協力し、毎年夏に広島県神石高原町で泊まり込みのセミナーを開催し、少しでも放射線治療の魅力を知ってもらう努力をしています。今年で10回目を迎えます。日本放射線腫瘍学会も学会主催の全国セミナーを開催しており、来年は川崎医大が主催校となり、岡山開催の準備に取り組んでいます。

 放射線治療は全身のがんを対象とします。他の診療科で示された治療に対するセカンドオピニオンを求めて、患者さんからご相談をいただくことが多くあります。放射線治療医として外科医とも内科医とも異なる視点で意見が言えると同時に、放射線治療だけに凝り固まるのではなく、全体が見渡せる「がん治療医」に育ってもらうことを念頭に、教室員一同で後進の育成に当たっています。

 ひらつか・じゅんいち 京都府立嵯峨野高校、神戸大学医学部卒。同大学医学部放射線医学教室、兵庫県立成人病センター放射線科などを経て、1986年に川崎医大放射線医学(治療)教室助手、99年に准教授、2008年から教授を務める。日本中性子捕捉療法学会では11年から4年間、会長を務めた。日本医学放射線学会放射線治療指導医、日本中性子捕捉療法学会認定医。63歳。

(2018年02月19日 更新)

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