死の恐怖の中で生きる喜びを マギーズ東京・秋山センター長が講演

深刻な表情で相談に来た人が「語り終える頃には安心して和らいだ顔で帰っていく」と話したマギーズ東京の秋山センター長

 がん治療が進歩する一方、入院期間は短くなり、多くの患者が通院しながら自宅で療養生活を送るようになってきた。抗がん剤の副作用など体の不安だけでなく、仕事や生活の心配、やがて訪れる死への恐怖…。先が見えなくなりそうな時、肩の重荷を分かち合い、寄り添ってくれる人たちがいる。患者が自分を取り戻すための居場所として、民間の相談機関を設立したセンター長の講演と、その人らしい人生の最終章を迎えられるよう、緩和ケアに取り組んできた医師の著書を紹介する。

 がんを告げられた人が予約なし、無料で相談を受けられる「マギーズ東京」(東京都江東区)の秋山正子センター長(67)が今年1月、岡山大学病院内のJホールで講演した。2016年10月のオープン以来、病院と家の間にある「もう一つの居場所」として、既に多くのがん患者や家族のよりどころとなっている活動を振り返った。

 看護師の秋山さんは、2歳年上の姉ががんになり、自宅で看病した経験から、在宅ホスピスや訪問看護に取り組み、2008年に出席した国際がん看護セミナーで英国のマギーズセンターを知った。日本にもマギーズをつくろうと呼びかけるうち、2014年、乳がん治療を経験した女性テレビ記者と知り合い、2人で共同代表を務めるNPO法人を立ち上げ、構想を実現させた。

時間限らずじっくり

 開設1年間で、がん患者本人や家族、見学者ら6019人がマギーズ東京を訪れた。予想を大きく上回り、「いかに患者や家族のニーズが高いか、思い知らされている」と秋山さんは言う。オープンキッチンやゆったりしたソファを用意したカフェのような空間で、がんの知識を持つ看護や心理の専門職たちが時間を制限せず、じっくり話を聞いている。

 岡山大学病院などのがん診療連携拠点病院には「患者支援センター」が設置され、相談が受けられる。患者会、患者サロンなどの当事者活動もある。マギーズはこれらの相談支援と競合するわけではなく、秋山さんは「病院の中では話しづらい家庭の問題、職場の人間関係などもある」と、別の役割を説明した。

 特にがんの診断から3~6カ月の集中的な治療が終わり、通院間隔が開いてくる時期、患者はしばしば「これから先どう生きればいいのか」という「実存的な悩み」を抱える。病院の相談は時間が限られ、医療者に尋ねたくても、頭が真っ白になって言葉の出ない人もいる。そうした不安を受け止めるのがマギーズだ。

 「答えを用意しなくても、相談者は心の中にあるものを話していくうちに自分で自分の強さを見つけていく。自分らしさを取り戻すお手伝いをすればいい」と秋山さんは話した。あくまで主役は患者本人。スタッフは医療知識を持つ友人として、勇気を持って一歩を踏み出そうとする患者に寄り添い、一緒に歩んでいくのだと強調した。

地域包括ケアを実践

 秋山さんがマギーズにたどり着くまでには、25年以上のがん患者の訪問看護の経験がある。

 患者の入院期間はどんどん短くなり、外来治療が主体になってきた。医療者は忙しそうで、電話をかけるのすら気を遣う。やがて状態が悪化し「ぎりぎりになって訪問の依頼が来る。もう少し手前でつながり、気軽に相談できるところがあれば」と思い続けてきた。

 学校に保健室があるように、街中に大人が立ち寄れる場所を―と、11年に「暮らしの保健室」を新宿区の団地に立ち上げた。医療や介護の垣根を越えて相談を受けることで、最後まで住み慣れた地域、わが家で過ごしたいと望む患者や家族を支えている。

 自宅での看取(みと)りを終えた家族はその後も暮らしの保健室とつながり、ボランティアとして、次の患者家族を支える側に回ってくれているという。井戸端会議を重ね、住民の自助グループも生まれた。まさに「地域包括ケア」の実践だ。

 がん患者が自分らしさを取り戻す場となるマギーズと、自分で選択した人生の最終章を地域みんなが支援する暮らしの保健室。秋山さんの活動は連動している。「死の恐怖の中で生きる喜びを」「どんな時でも命は輝く」―。言葉を繰り返し、講演を終えた。

     ◇

 マギーズ東京は月~金曜日午前10時~午後4時に開館。相談は予約不要だが、見学は事前連絡が必要。問い合わせは03―3520―9913。

 マギーズセンター 英国の女性造園家マギー・ジェンクスさんは乳がんが再発し、医師に余命を告げられた際、十分に話し合う時間をもらえなかったことにショックを受け、「自分を取り戻すための空間が欲しい」と望んだ。彼女は共鳴した担当看護師ローラさんとともに、入院していたエジンバラの病院敷地内の小屋を借り、その空間づくりに取り組んだが、完成を見ないまま1995年に亡くなった。建築評論家の夫やローラさんらが遺志を継ぎ、96年に最初のマギーズセンターがオープンした。その後英国各地や香港にセンターがつくられ、東京は20カ所目となった。

(2018年05月08日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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