人生に寄り添うホスピス 岡山済生会総合病院 緩和ケア病棟開設20年

岡山済生会総合病院の緩和ケア病棟には開設当初から多くのボランティアが登録し、季節の行事やティータイムのもてなしを通じ、入院患者や家族を和ませている

石原辰彦診療部長

「緩和ケア医に必要なのは人間力を持って患者に寄り添うこと」と語った柏木哲夫氏=岡山済生会総合病院

 現代医療に基づくホスピスが英国で誕生して半世紀。日本でも1980年代からホスピス・緩和ケア病棟の開設が進み、今年6月現在で403施設、8197床(日本ホスピス緩和ケア協会集計)に達している。がん診療の中で浸透するとともに、単に「治療法のなくなった患者の終(つい)の棲家(すみか)」というだけでなく、患者の苦痛を取り除き、外来や訪問診療に橋渡しする役割も求められるようになった。岡山県内の病院で最初に認可された岡山済生会総合病院(岡山市北区国体町)の緩和ケア病棟20年間の歩みと、日本の緩和ケア草分けの柏木哲夫氏(淀川キリスト教病院名誉ホスピス長)が「患者の人生を支え、寄り添う」ことを強調した記念講演の要旨を紹介する。

 岡山済生会総合病院の緩和ケア病棟は1998年7月に開設された。2016年には新築された病院内に移転し、個室や4人部屋の25床を整備した。

 20年間に3417人が病棟に入院し、17年度の平均在院日数は28・9日。入院中に亡くなる人が多いものの、2割弱の人は状態が改善すれば家に帰り、また悪化した時には入院と、家と病棟を行き来しながら療養しているという。

 当初、保険診療の基準により、入院するがん患者は推定余命6カ月という要件があったが、現在は末期患者に限らず、主として苦痛の緩和を必要とする状態の人を受け入れる。同病院は03年に運営方針を改定し、苦痛が軽くなったら家に帰り、訪問診療・訪問看護を利用してもらうよう説明している。

 開設時から携わる緩和ケア科の石原辰彦診療部長(ホスピス長)は「20年前はまだ、がんを告知するかどうかが議論されていた。その後、がん相談支援センターなど患者を支える体制が整備され、われわれはより早期に苦痛の緩和を図り、在宅療養を支援するという役割が加わっている」と話す。

 県内でも次第に緩和ケア病棟を設置する病院が増え、現在は岡山、倉敷市の8病院にある。済生会病院のスタッフは開設前、淀川キリスト教病院(大阪市)などで研修を受け、「そのままのあなたを大切にしたい」というモットーを掲げた。石原診療部長は、緩和ケア病棟が特別な存在ではなくなり、「医療の基本として、どこでも誰でも自然に緩和ケアを受けられる時代が来るのが願い」と話している。

緩和ケア医は人間力を
淀川キリスト教病院名誉ホスピス長 柏木哲夫氏講演「良き生、良き死」


 9月1日、岡山済生会総合病院で開かれた緩和ケア病棟開設20周年記念市民公開講座で、「良き生、良き死」と題して話した柏木哲夫氏の講演要旨を紹介する。

     ◇

 今までの臨床経験、人生経験から、私たちは死を背負って生きていると思う。生と死は一体である。

 ■「矢先症候群」

 私が「矢先症候群」と名付けた病気がある。会社のことだけを考えて生きてきて、やっと定年退職し、これから夫婦2人でゆっくり温泉でも行こうと思っていた「矢先」にがんで倒れた…。生の延長線上に死があると思っていたのに、実際は死を背負って生きている。死は日常の中にある。

 今までに2500人くらいを看取(みと)って思うのは、人は生きてきたように死んでいくということ。周りに不平を言いながら生きてきた人は、スタッフにぶつぶつ不平を言いながら亡くなっていく。周りに感謝して生きてきた人は、スタッフに感謝しながら亡くなっていく。「良き死」を迎えるためには「良き生」を生きる必要がある。

 末期患者の共通の願いは二つある。一つは苦痛、痛みを取ってほしい。緩和ケアの中で恐らく一番大切な要素。だが、痛みが取れたら、必ず精神的な問題が出てくる。もう一つ大切なのは、自分の気持ちを理解してほしいという願いだ。

 気持ちを理解するにはどのような態度が必要か。「つらい」と言われて「つらいですよね」と応じると、相手は余計つらくなるのではないかと思いがちだが、そうではない。「つらい」と言ってあげるのが患者の感情に一番近い場合がある。「悲しい」「やるせない」など、その時の感情を表現する言葉を伝えてあげると、患者は分かってもらえたという気持ちになる。

 ■逃げずに「存在」する

 救急医療は技術力が必要。病気を治す一般医療は技術力とともに思いやり、温かさ、理解力といった人間力が求められる。緩和ケアは人間力が最も大切。緩和ケア医は人間力を持って横から患者に寄り添う。寄り添えばこの人は何とか進んでいける。寄り添われた人の心には、感謝と安らぎが生まれるはずだ。

 旅立ちが近くなっている人に寄り添うには力がいる。患者は治りたいという気持ちを持ちながらだんだん弱っていく。もう治せない医者は患者のもとに行くのがつらくなる。だが、寄り添う必要がある時に逃げてはいけない。その場に存在することがとても大切だ。

 寄り添い人に求められる人間力の要素を10項目にまとめた(表参照)。一番大切なのは「聴く力」。その人の話にしっかり耳を傾けなければならない。

 一番難しいのは「共感する力」。自分が体験したことは共感できるが、あと1週間で死を迎えるという体験はできない。共感力を高めるため、患者と私を入れ替えてイメージする方法がある。私は患者としてベッドに寝る。寝ている私は医者からどんな言葉を掛けてほしいか、どんなまなざしで見てほしいか考えると、少し共感力が高まる。

 ■最後に魂の平安を

 看取りやすかった人は「良き生」を生きてきた人、と言えるかもしれない。人々に感謝しながら生きてきた人は、いい看取りができる。周りにありがとうと言いながら生きてきた人は、最後に必ず、ありがとう、ご苦労さまと声を掛けてもらえる。ぜひ、ありがとうという言葉を多用してもらいたい。

 ユーモアがある人生もいい。末期の女性がある日、回診の時に「先生、おかげさまで順調に弱っております」と笑わせてくれた。一生懸命支え、寄り添っても病状は良くならない。何か医者の慰めになるような言葉がないかと思い、言ってくださったのだろう。

 人間は身体的な存在であるとともに、精神的な存在、社会的な存在で、もう一つはスピリチュアル=霊的な存在でもある。苦しくない死を「良き死」の第一条件にするのに異論はないだろう。苦痛から解放されて死を迎えるべきだ。

 そして、最後に決め手となるのは魂の平安ではないか。末期になると、今まで着けていた地位や名誉といった“衣”がはげ落ち、魂がむき出しになる。ある女性は隣にいる娘に「行ってくるね」と声を掛け、彼女も「お母さん、行ってらっしゃい」と言って看取った。再会の希望を確信し、本当に平安な最期だった。

 かしわぎ・てつお 兵庫県出身。大阪大学医学部卒。1972年、淀川キリスト教病院でターミナルケアを実践するチームを立ち上げ、84年、院内にホスピス病棟を開設した。ホスピス長を経て、大阪大学人間科学部教授。その後金城学院大学学長・学院長を務めた。淀川キリスト教病院理事長を今年8月末で退任し、現在は名誉ホスピス長・相談役。公益財団法人日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団の理事長も務める。

(2018年10月15日 更新)

※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

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