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“針の先”狙う陽子線 津山中央病院 体すり抜け病巣攻撃

赤い矢印で示した範囲が腫瘍。陽子線の照射で顕著に縮小し、腫瘍マーカー(PIVKA―II)の値も2万2027から健康な人とほぼ同じ47まで下がった

陽子線の照射室で機器をチェックする冨永さん。安全な治療に欠かせない存在となっている

脇隆博医長

 姿を見せず、音も立てずに体の奥へ進む。ターゲットのがん病巣に到達するとピタリと足を止め、一気に攻撃する。陽子線治療は周りの臓器や組織を傷つけず、針の先を狙うようなピンポイントの治療法として、近年、注目を集めている。

 津山中央病院(津山市川崎)は2016年4月から陽子線治療を開始した。全国17カ所に治療施設があるが、中四国地方では唯一。岡山大学病院(岡山市北区鹿田町)と共同運用しており、昨年末までに260人が治療を受けた。

 通常の放射線治療に比べ、陽子線の大きな強みは体をすり抜けて病巣にたどり着ける特性だ。レントゲン撮影にも使われるエックス線やガンマ線も体を透過する性質があるが、体表近くから徐々に吸収され、病巣の周囲も傷めてしまう。陽子線はほとんど吸収されずに進み、一定の深さに達したところで急激にエネルギーを放出して停止する。

 発見者の名前から「ブラッグピーク」と呼ばれるこの特性が、がん治療に威力を発揮する。治療1回当たりの照射時間は1~3分。治療期間は短い人だと2週間、長い人で8週間程度。副作用は少なく、通常、入院の必要はない。

 治療を担当する放射線科の脇隆博医長(41)を驚かせた症例がある。肝臓の半分を占める直径15センチもの巨大腫瘍ができていた40代の女性患者だ。他施設で手術も抗がん剤治療もできないと言われ、最後の手段として陽子線治療を頼ってきた。20回余りの陽子線照射後、がんは消失し、今も再発していない。

 「諦めていれば、数カ月以内に亡くなっていただろう。この治療が持つ力と可能性の大きさを強く感じた」と脇医長は振り返る。

 肝臓以外に前立腺、肺などのがんも対象になる。一方、体位や呼吸などの動きで腫瘍の位置が変わりやすい乳がんや、全身の広範囲に転移したがんは治療できない。粘膜が傷みやすい胃や大腸がんも難しい。

 小児がんでは陽子線の強みが生かせる。子どもが放射線治療を受けると、将来、2次がんの発生や、成長、生殖機能への影響が心配されるが、無用な被ばくを避けられる陽子線なら、リスクを最小限にできる。津山中央病院と岡山大学病院は合同カンファレンスを開き、積極的に小児患者の治療を進めている。

 治療の鍵は、エネルギー放出のピークを腫瘍の位置や形にきっちり合わせることにある。昨年5月、照射範囲の中で陽子線の強度を細かく変えられるIMPT(強度変調陽子線治療)を導入し、より精密に照射することが可能になった。

 普及への課題は高額な治療費。保険が適用されるのは小児がんと一部の前立腺がん、骨軟部腫瘍、頭頸部(とうけいぶ)腫瘍に限られる。それ以外のがんでは先進医療に指定され、陽子線治療分の費用288万3000円は全額自己負担となる。

 施設整備にも巨額の費用がかかる。津山中央病院でも、光速の70%まで陽子を加速するために直径6メートルもの大型の加速器などを整備し、約60億円かけて体育館並みの治療センターを建設した。

 岡山県外から来院する患者も多く、「もっと身近な場所で治療を受けられるのが理想」と脇医師は言う。患者に治療の恩恵を広く届けられるよう、実績を積み重ねていく。

医学物理士 医師と連携、精密な照射担う

 「陽子線治療は、自動車レースに例えればF1みたいなもの」と脇隆博医長が言うように、治療効果を最大限に引き出すには、高いレベルの経験や専門知識を持つ“ピット”のスタッフが欠かせない。津山中央病院で重要な役割を担うのが医学物理士の冨永裕樹さん(29)だ。

 装置の点検や管理に携わるだけでなく、医師と連携して患者の治療計画を作成する。照射の精度が治療の成否を左右する。どの角度からどういう強さで照射するか―といったシミュレーションを繰り返し、実際に照射する時にも、がんの位置や形状を確認し、変化があればその都度修正する。

 「ピンポイント治療だけに、わずかでも外してはいけないというプレッシャーがある」と冨永さん。陽子を止める場所の計算を誤れば、治療効果がないばかりか、正常な臓器や組織にダメージを与えてしまう。

 医学物理士は一般財団法人・医学物理士認定機構が認定する。大学院などで専門カリキュラムを学び、一定の実務経験を積んだ人たちを対象に認定試験が行われる。放射線技師として働いていた冨永さんは、兵庫県立粒子線医療センター(たつの市)に派遣されたのをきっかけに独自に勉強し、資格を取得した。治療を受けて元気を取り戻した子どもや、手術の難しい進行がんが消えた患者の笑顔がやりがいになっている。

 津山中央病院では今年、新たに放射線技師2人が資格を取得する見込み。全国で医学物理士は増えているものの、まだ1108人(昨年3月)にとどまる。冨永さんは「陽子線などの放射線治療を普及させるため、もっと医学物理士を養成することが必要。私たちの役割を広く知ってもらいたい」と望んでいる。

 ■津山中央病院(津山市川崎、0868―21―8111)放射線科の受付時間は月~金曜午前9時~午後5時。陽子線治療の外来診療は岡山市の岡山大学病院(初診は月~金曜午前9時~11時)と高松市の香川県立中央病院(第2、4木曜午後1時半~3時半)でも受けている。いずれも、かかりつけ医からの紹介予約が必要。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2019年01月21日 更新)

タグ: がん津山中央病院

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