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(2)心臓弁膜症の低侵襲治療 心臓病センター榊原病院心臓血管外科部長 都津川敏範

低侵襲手術では開胸手術に比べ格段に小さな切開で弁膜症の手術を行う

イラスト1

イラスト2

都津川敏範部長

 心臓は全身に血液を供給するポンプの役割をしています。血液を逆流させず一方向に流すため、心臓の中には「弁」という構造物があります。心臓弁膜症とは、この「弁」に障害が起こった状態を言います。今回はその最新の治療についてお話しします。

 弁膜症には、弁が硬くなって開きが悪くなる「狭窄(きょうさく)症」、弁がうまく閉じずに血液が逆流する「閉鎖不全症」の二つの病態があり、四つの弁のうち、主に「大動脈弁」と「僧帽弁」の障害に対する治療が行われます。

 以前は胸の真ん中の胸骨を切開して行う「開胸手術」しかありませんでしたが、当院は2005年から、肋骨(ろっこつ)と肋骨の間(肋間)を小さく切開して弁膜症手術を行う「低侵襲手術」を開始しました。難易度の高い手術ですが、胸骨を切らないため出血が少なく、細菌感染のリスクも激減し、早期退院、早期社会復帰が可能です。また女性では、傷が乳房に隠れるため、美容的にも満足度の高い手術です。

 当初は僧帽弁の手術だけでしたが、07年、日本で初めて低侵襲手術で大動脈弁置換術を行い、10年には日本で初めて大動脈弁と僧帽弁の同時手術も行っています。現在は不整脈手術などの同時手術を行うことも多く、18年3月末までで通算1000例を超える低浸襲手術を行いました。

 この低侵襲手術は小さな切開で手術するとはいえ、人工心肺を使用し、心臓を一時的に止めて手術するのは開胸手術と同じです。現在はさらに体の負担が少ない治療も登場しています。

 その一つが、13年に始まった「大動脈弁狭窄症」に対する「経カテーテル的人工弁留置術(TAVI)」です。足の付け根の動脈から硬くなった大動脈弁までカテーテルを誘導し、カテーテル内部に収納していたステント付き人工弁を大動脈弁のところに留置する治療法です(イラスト1参照)。

 開発当初はトラブルも多かったのですが、人工弁の進歩やCT検査による術前評価法の確立により、現在は安全に手術ができるようになりました。当院では導入以降300例以上のTAVIを行ってきましたが、現在まで1例も入院死亡はありません。

 一方、「僧帽弁閉鎖不全症」でも、18年からカテーテル治療が行われるようになり、当院も今年からカテーテル治療を開始しました。カテーテル先端に装着された「マイトラクリップ」と呼ばれるクリップを、足の付け根の静脈から僧帽弁まで誘導し、クリップで逆流部分の僧帽弁をつなぎ合わせ、逆流を減らすというものです(イラスト2参照)。

 TAVIと同様、人工心肺を使用せず、心臓も止めないため、体の負担の少ない治療といえます。ただ、マイトラクリップで逆流を完全に制御するのは困難で、血液の通り道も二つに分かれて少し狭くなります。そのため、適応は「外科手術の危険性が高い、または不可能な症例」に限定されています。

 複数の低侵襲治療が登場してきましたが、患者さんによってベストの治療法は異なります。通常の「開胸手術」、小さな切開の「低侵襲手術」、カテーテルで行う「TAVI」と「マイトラクリップ」―当院はこれらの手段の中から、その人にとってベストの治療を、みんなで相談して選んでいます。

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 心臓病センター榊原病院(086―225―7111)

 とつがわ・としのり 広島大学附属福山高校、岡山大学医学部卒。尾道市立市民病院、岡山大学大学院を経て2003年から心臓病センター榊原病院勤務。08年より現職。弁膜症の低侵襲手術を主に担当している。外科専門医・指導医、循環器専門医、心臓血管外科専門医・修練指導医。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2019年02月18日 更新)

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