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二人三脚で「リカバリー」を 慈圭病院(岡山市南区浦安本町) 武田俊彦院長

武田俊彦院長

広い作業療法室では、患者たちが編み物や革細工を作ったり、読書や音楽鑑賞を楽しんだりと、思い思いの活動にいそしむ。ゆったりとした時間が流れる

 ―精神科病院の中でも、慈圭病院は早くから地域社会との連携に取り組んでこられましたね。

 私は研修医時代を含め、30年以上ここで診療しています。当時から「垣根のない病院」と言われ、なるべく地域に病院を開放するという考えがありました。昔は入院が長期になりがちで、患者さんは昼間、病院から職場に出かけて社会復帰の訓練を受けていました。現在はできるだけ入院を短期間にとどめ、症状が安定したら外来で診察し、リハビリに通ってもらう。垣根がないのは変わりませんが、治療の組み立てが変わりました。「当事者の社会生活を支える精神科医療」をモットーにしています。

 ―地域で暮らす患者さんたちは、治療の目標を「リカバリー」に置くようになってきました。元に戻るという意味の「回復」とは異なるのでしょうか。

 精神科で言う「リカバリー」は、病気がある程度残りながらも、当事者が満足する主体的な生活ができるという状態です。必ずしも服薬や通院がなくなるわけではありません。その達成には、ご本人の積極的な治療への参加が必要です。私たちと二人三脚で目指すべき目標です。

 生活の基盤がある地域に根ざした医療支援が必要です。救急病棟を持ち、365日24時間対応の精神科救急を標榜(ひょうぼう)しているのも、リカバリーを支えるセーフティーネットの一つです。地域で暮らす人が危機に瀕した時はいつでも受診していただく。地域生活を支えるための救急です。

 ―日中は精神科デイケアがありますが、患者さんの中には通うのが難しい方もおられますね。

 そのために訪問に力を入れています。4年前から、24時間対応の「アクト」(包括型地域生活支援プログラム)を始めました。患者さんたちは医療はもちろん生活支援も求めています。デイケアには通えないけれど、一緒に外出して買い物に付き添ってほしいといった要望に応えています。

 福祉施設や老人保健施設で生活する患者さんのもとにも出向き、現場で情報収集するようになりました。外来でのリハビリやデイケア、アクトの訪問と、いろいろなメニューがあります。この患者さんにはどのメニューが合うのか、外来診察を通じてアレンジしていきます。

 ―医師や看護師だけでなく、さまざまな職種が関わるのでしょうか。

 精神保健福祉士や作業療法士はもちろん、栄養士、薬剤師、臨床心理士らも訪問します。どんな料理を作ったらいいのか教えてほしいとか、肥満気味なので栄養指導してほしいとか、栄養士が対応する場面もあります。

 就労支援も重要です。今は認知トレーニングなどを行いながら、なるべく早く労働の現場体験へ導入するのが主流です。単にリハビリをしましょうと呼び掛けても、興味を持っていただけません。精神保健福祉士が一生懸命、受け入れ先の職場を開拓しています。

 多職種の人数がそろっていれば、互いに勉強して組織が育っていきます。現場で看護師たちと一緒に動いて体で理解することが重要です。互いの仕事が分かればうまく連携できます。

 ―地域で暮らす方が増える一方、精神疾患経験者が関わる事件が報じられる度、差別や偏見に苦しむ方がおられますが…。

 難しい問題です。社会に差別や偏見があるとともに、当事者を含め、まだまだ精神疾患に関する生きた情報が不足しています。精神科医療が市民にもっと受け入れられ、重要性が認められることが必要でしょう。

 当院は近くの岡山市立浦安小学校と交流を続けています。運動会や夏祭りなどで患者さんたちとふれあい、その活動で浦安小は厚生労働大臣表彰を受けました。医療・福祉職を目指す学生たちの研修もできる限り引き受けています。市民向けの公開講座も毎年開いています。

 ―認知症では、岡山県の認知症疾患医療センターに指定され、専門的な治療、療養相談を担っておられます。

 私たちの役割は、外来では専門医が高い精度で初期診断をつけることです。また、認知症病棟では重度の方や寝たきりの方を診ることが多く、高い倫理観を身につけ、尊厳を保った医療を提供することが求められます。認知症の方は独特の行動パターンがあり、特別の体制で治療、看護しています。

 どのように終末期を迎えていただくのかという問題もあります。誤嚥性(ごえんせい)肺炎のリスクがある状態で、口から食事してもらうのか、カテーテルをつないで胃ろうや中心静脈栄養を行うのか―といった難しい判断をしなければなりません。

 主治医や担当者だけで判断しかねる場合、「倫理コンサルテーションチーム」が集まり、即座に意見をまとめて病棟に伝えます。ここでは、認知症患者さん本人の目線を大切に審議します。本人が食べたいと望んでいるなら、いかに安全に食べさせてあげられるかという視点で寄り添います。

 ―昨年から、ひきこもり傾向の方などを診る青年期外来も開設されました。

 青年期外来や認知症センターは地元の方も多く受診されます。ご家族も身近な医療機関が相談しやすいのでしょう。精神科医療の敷居を低くし、偏見をなくすことにも役立っていると思います。

 たけだ・としひこ 三重県立津高校、岡山大学大学院医学研究科修了。神戸市立西市民病院を経て1993年から慈圭病院に勤務。2007年から副院長兼診療部長。今年4月、院長に就任。専門は臨床精神薬理、精神科リハビリテーション。精神保健指定医、精神科専門医・指導医、日本臨床精神薬理学会専門医・指導医。60歳。

■公益財団法人慈圭会 慈圭病院

 岡山市南区浦安本町100の2
 (電)086-262-1191
 【診療科】精神科、神経科、歯科
 【病床数】精神一般病棟107床(2病棟)、精神科救急病棟96床(2病棟)、精神科療養病棟319床(6病棟)、認知症治療病棟48床(1病棟)
 【ホームページ】http://www.zikei.or.jp/
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2019年07月17日 更新)

タグ: 精神疾患慈圭病院

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