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第4回健康の知恵袋

小野寺 昇副学長

矢野実郎講師

塚原貴子教授

瀧川真也准教授

 川崎学園(倉敷市松島)が倉敷市と共催する市民公開講座の本年度第4回が7月13日、くらしき健康福祉プラザ(同市笹沖)で開かれた。今回のテーマは「健康の知恵袋」。川崎医療福祉大学の講師陣が、高齢者が健康で生き生きとした生活を送る上で障害となる、嚥下(えんげ)障害、うつ、認知(記憶)の三つの問題を取り上げ、その症状と対策について分かりやすく解説した。

高齢者の日常生活を周りから支えるために
川崎医療福祉大学副学長 健康体育学科教授 小野寺 昇


 本日のテーマは「健康の知恵袋」です。高齢者の方々に、生き生きとした毎日を送っていただくため、たくさんの知恵袋を用意しました。

 高齢者の健康にまつわる大きな問題として、嚥下障害、うつ病、認知(記憶)を取り上げています。ただ、高齢者の方々は、自分自身のこうした問題になかなか気づきにくいものですし、自分一人では克服できません。ならば家族や周囲の人々が問題の兆候に気づき、状況を正しく理解し、対策を講じて支援することが重要となってきます。家族、地域(地域医療)、街(行政)、すなわち社会が一体となって高齢者を支え、フレンドリーな社会、優しい世間を形作っていきましょう。

 嚥下障害の問題、誤嚥の克服・予防には衰えた喉、口、舌の力をよみがえらせることが必要です。特に会話は口の健康維持にとても大切です。周囲の人と楽しく、たくさんおしゃべりをしてください。

 多くの人と頻繁に交流することは、うつ状態から解放される有効な手段です。何もしない、何も話さない、自宅に閉じこもっていると、うつ状態に陥りやすくなります。会話を促し、街に連れ出したりして活気のある毎日を送れるようにしましょう。

 懐かしい記憶は、お年寄りの脳を活性化させ、認知症に対しても良い効果をもたらします。お年寄りの思い出話にじっと耳を傾け、共感し、寄り添ってあげてください。

嚥下を克服し、快適な日常生活を送るために
川崎医療福祉大学 言語聴覚療法学科講師 矢野実郎


 嚥下とは食物を飲み込むことです。嚥下をすると食物は口から喉、食道を通って胃に送られます。しかし、嚥下の力が弱くなると、食物は喉から気管へ間違って侵入してしまいます。これを誤嚥といいます。通常、誤嚥した場合はむせて、食物を気管の外に排出します。しかし、むせる力が弱かったり、誤嚥してもむせない場合、気管に侵入した食物はそのまま肺へ到達します。肺に入った食物は炎症(肺炎)を起こす原因となります。そのような肺炎を誤嚥性肺炎といいます。

 肺炎は、がん、心疾患に続いて日本人の死因の第3位を占めています。70歳を超えると肺炎による死亡者数は急増します。80歳以上では、肺炎になった人の多くが誤嚥性肺炎です。

 誤嚥性肺炎は、老化が飲み込む力に影響を及ぼしていることが主な原因です。年齢を重ねるにつれ、喉や口の力は衰えます。老化で嚥下の力が衰えることを「老嚥」と呼びます。

 誤嚥性肺炎にならないためには早期発見が必要です。家族や周りの気配りで、より早く気づくことができます。

 誤嚥の一般的な症状は、食事中や食事後にむせたり、食べ始めると喉がゴロゴロといったりします。誤嚥性肺炎は37~38度の発熱があったり食欲が低下します。これらの症状を見つけ、重症化しないうちに治療に結びつけることが健康寿命を延ばすコツです。

 重要なのは予防です。自分でできるトレーニングとしては、おへそをのぞき込もうとするように下げたおでこを手で押し戻す「嚥下おでこ体操」があります。これは喉の筋肉が鍛えられます。次は口や舌の力についてです。舌の力が衰えるとむせたり、食べ物が口の中に残りやすくなったりします。舌を口の天井にできるだけ強く押しつける「舌の筋トレ」、つきだした舌を上下左右に動かす「舌と口周りの体操」はいつでも簡単にできます。

 とっておきはおしゃべりです。会話は口の健康の源です。家族や周りの人々と一緒に、楽しく誤嚥の予防に努めていただけたらと思います。

うつ状態にある高齢者を周りから支えて快適な日常生活を送る
川崎医療福祉大学保健看護学科教授 塚原貴子


 うつ状態は、「抑うつ=気分が落ち込む」「意欲低下=何もする気がおこらない」「思考抑制=物覚えが悪くなった」という、三つの特徴が認められます。うつ状態に陥っていることは、本人も周りの人も気づきにくいものです。

 高齢者のうつ状態では「肩や腰の痛み」「めまいやふらつき」「動悸(どうき)がする」など、内科的な身体症状が現れます。精神症状では「イライラする」「考えがまとまらない」「楽しいと感じない」など認知症を疑うような訴えをします。

 うつ状態になる前には、大切な人との死別、住みなれた家を離れるなどの重大なライフイベント、同居家族の健康問題や経済的な問題などによる慢性的なストレスを体験していることが多いものです。こうしたことが重なったとき、うつに陥りやすいといわれています。

 私が調査したところでは、高齢者のうつ状態と周囲との交流人数・頻度との間に相関関係が見られました。すなわち、交流の人数・頻度が少ないほどうつ状態が深刻になり、逆に人数・頻度が多いほどうつから離れていきます。

 うつの予防やうつ状態からの回復には「交流」が非常に大切なのです。家族や友人、知人、親戚などとふれあう機会を多く持つようにして、高齢者の健康な生活を支えましょう。

 また、ウオーキングや水泳などの有酸素運動、継続した運動は軽度から中等度のうつ状態の回復を促進します。散歩や将棋、料理、折り紙なども状態改善に効果があります。

 注意点を示します。まず、難しい話ではなく雑談を楽しむことです。本人が興味のある話題を見つけ、声の大きさや話すスピードは相手に合わせましょう。つらい気持ちや悩みを訴えたときは傾聴します。答えを出すのではなく、丁寧に話を聞くのです。「頑張りましょう」「元気を出して」は禁句です。

 重要なのは、周囲の人々とつながっていると思ってもらえるような関わりです。人と人とのつながりを大切に、ともに支え合う社会を目指しましょう。

「昔のことを覚えてる」を周りが認めて快適な日常生活を送る
川崎医療福祉大学臨床心理学科准教授 瀧川真也


 「記憶」は心理学において重要なテーマです。記憶には、生まれてから現在までに経験してきた出来事、つまり「思い出」についての記憶(自伝的記憶)があり、その積み重ねが今の自分を形成しています。自伝的記憶によって人は「自分らしさ」を感じられるのです。

 急速な高齢化に伴い、認知症の高齢者が増加しています。このような高齢者への心理的援助の一つとして「回想法」があります。回想法は、自伝的記憶を聞き手が共感的に傾聴することで、高齢者に心理的な安定をもたらし、人生を肯定的に受け入れることを手助けする対人援助手段です。高齢者医療福祉などの場で広く実践されています。

 回想法の効果として、認知機能の改善、問題行動の軽減、コミュニケーションの促進が挙げられます。ただ、その実践には専門的な知識や技術が必要となります。

 そもそも回想とは、過去を思い返すことです。私たちは日常生活の中で過去を回想することは多くあります。特に高齢者にとって回想は人生を振り返り、記憶を整理し、人生の意義を模索するという役割を持っています。

 高齢者は昔話をよくすると言われますが、それも意味あることなのです。若い世代のために知識や経験を伝えることにもなります。高齢者自身のためだけではなく、他者との関係を形成するなど社会的な機能も持っていると考えられます。

 良い聞き手になるには語り手にそっと寄り添い、言葉の内包する意味を理解しようと努める態度が必要です。温かな気持ちで関心を持ちながら聞くことで、語り手の心は活性化していきます。家族や友人など身近な人だからこそ思い出を共有でき、より深く理解できることがあるのです。

 昔のことを回想すると、懐かしいという感情が喚起されることがあります。懐かしさには重要な心理学的役割があって、記憶を活性化させ、ネガティブな心理状態をポジティブに変える性質があります。また、精神的な健康を高めてくれるのです。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2019年08月05日 更新)

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