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第5回手術前の心がけ ―知って得する手術と麻酔のお話

中塚秀輝氏

佐藤健治氏

後藤加奈子氏

華房幸代氏

向井隆雄氏

臼井利江氏

 川崎学園(倉敷市松島)が倉敷市と共催する市民公開講座の本年度第5回が9月14日、くらしき健康福祉プラザ(同市笹沖)で開かれた。テーマは「手術前の心がけ―知って得する手術と麻酔のお話」。川崎医科大学と附属病院の講師陣が、禁煙や口腔ケア、内服している薬の注意点など、より安全に手術を受け、術後早期に回復するための心構えや諸準備について分かりやすく解説した。

座長あいさつ
川崎医科大学麻酔・集中治療医学1教授 川崎医科大学附属病院院長補佐 麻酔・集中治療科部長 中塚秀輝


 医学の進歩とともに手術の安全性は高まりました。しかし、手術自体は成功しても、手術とは別の原因によって肺炎や脳梗塞などの合併症が起きる危険性はあります。こうした危険を取り除くには、さまざまな準備が必要です。まずは禁煙や栄養管理が重要ですし、内服している薬の中には術前に中止が必要な場合があります。口の中をきれいにしておくことも肺炎を防ぐには欠かせません。手術を受けられる方が安全で安心な術後を過ごし、元の生活に早く戻っていただくためのポイントを5人の講師陣が解説します。

禁煙の勧め~いつ手術となっても良いように
川崎医科大学附属病院麻酔・集中治療科部長 川崎医科大学麻酔・集中治療医学1教授 佐藤健治


 手術を受けるには禁煙が必要です。手術直前に喫煙していることが分かった場合、手術は延期されることがあります。

 喫煙は手術の合併症を増やし、傷の治りを悪くします。たばこの煙の中には一酸化炭素や一酸化窒素、ニコチン、タールといった有害な物質が含まれています。一酸化炭素は血中の酸素の運搬を妨げ、一酸化窒素は血流を悪くして傷の治りを悪くします。ニコチンやタールは痰(たん)を増やし、しかも出にくくするので肺炎の原因となります。

 最近の多数の研究報告によると、喫煙者は感染症や肺合併症、脳神経合併症を起こしたり、集中治療室の入室が多いという結果が出ています。受動喫煙は能動喫煙と同様に有害です。子どもに与える影響も大きいといわれます。

 たばこをやめれば、さまざまな効果が多くの臓器にもたらされ、術後の合併症は減少します。顕著なのは、傷の治りが早くなることです。禁煙は、早ければ早いほど効果があります。手術前の禁煙は、1カ月以上が望ましいです。禁煙して数週間後には、気管や気管支など気道系の状況が改善されます。

 手術が必要と診断された場合、医師や看護師らが禁煙指導を行います。やめたいけれどもやめられないという人に対しては、専門医による禁煙外来があります。12週間の治療プログラムを組み、治療薬を処方してもらえます。一定の要件を満たせば保険診療で受けられます。

術後にそなえる食事のポイント
川崎医科大学附属病院栄養部副主任管理栄養士 後藤加奈子


 手術後順調に回復していくためには手術前からの栄養管理が大切です。とりわけ今、注目されているのが筋肉量です。筋肉が多ければ手術後の合併症が少なく、リハビリもスムーズです。転倒や骨折を防ぎ、疲れにくくなり、リハビリが継続できます。

 皆さんは、2週間の寝たきり生活で、何年分の筋肉量を失うと思いますか。実に7年分が失われるといわれます。ある患者さんの場合、手術後に1・5キロ筋肉が減り、術後に栄養指導と運動をしてもらって筋肉量を元に戻すのに5週間かかりました。手術前から筋肉の“貯金”をしておくことが大切です。

 筋肉量を増やすポイントは三つです。まずは1日3食食べること。1食でも欠けるとエネルギー不足になりがちです。特に朝食を抜くと自分の筋肉を取り崩して栄養にしてしまいます。二つ目はタンパク質をしっかりとること。1食当たり20グラム程度が必要とされます。三つ目は多様な食材を食べることです。

 毎日とりたい食材は「さあ、にぎやかにいただく」で覚えてください。さ=魚、あ=油、に=肉、ぎ=牛乳、や=野菜、か=海草、に(なし)、い=芋、た=卵、だ=大豆、く=果物。この10品目を毎日とることで栄養バランスのよい食事になります。

 食事をしっかり食べていても運動不足だと筋肉量は増えません。筋肉量が減るのを予防するには、毎日8千歩以上歩くことが必要とされています。

知っていますか? 手術や検査の前に中止する薬
川崎医科大学附属病院薬剤部主任 華房幸代


 手術や検査の前には中止しなければならない薬があります。大切なのは、自分が使っている薬の情報を全て医師に伝えること、そして、自己判断で中止せず、必ず医師の指示に従うことです。そんなときに役に立つのがお薬手帳や薬の説明書です。病院や薬局に行くときには必ず持参しましょう。

 手術の前に中止する代表的な薬の中に、女性ホルモン製剤、血をさらさらにして血栓を予防する薬があります。女性ホルモン製剤は、薬を使い続けて手術をすると血栓症(エコノミー症候群)が起こる危険性が高くなります。基本的には手術の4週間前に中止する必要があります。避妊薬のほかに子宮内膜症、更年期障害、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)などの治療にも使われています。

 血をさらさらにして血栓を予防する薬には、イグザレルト、ワーファリンなどたくさんあります。一方、中止している間に血栓ができてしまうかもしれないリスクを伴います。中止できない場合、中止の必要のない場合もあり、必ず医師の指示に従ってください。

 メトホルミンという成分を含む血糖を下げる薬も、手術の前やヨード造影剤を用いた検査の前に中止することがあります。

 健康食品や市販薬の中にも手術や検査に影響を及ぼす可能性のあるものがありますので、必ず医師に伝えてください。例えば、DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)は血をさらさらにする働きがあります。

あなたのお口は大丈夫?
川崎医科大学歯科総合口腔医療学教授川崎医科大学附属病院歯科・口腔外科部長 向井隆雄


 全身麻酔の手術の際、人工呼吸を行うために麻酔科医が口から気管までチューブを通しています。これを気管挿管といいます。

 口の中は、言ってしまえば細菌のたまり場です。種類は500種以上で、歯垢(しこう)1ミリグラムの中に1億から10億個の細菌がいると言われます。口の中全体では4千億個以上となります。

 気管挿管の際には口の中の細菌がチューブとともに気管内に侵入してしまい、気管支炎や肺炎を起こすリスクが高くなります。

 そこで大切となるのが手術前の口腔ケアです。ブラッシングなどで歯垢や食物の残りかすを取り除き、口の中の菌の繁殖を抑制します。口腔内を刺激することによって血流をよくし、唾液の分泌を促すことで嚥下(えんげ)機能を維持し、術後の全身状態の回復を早める効果もあります。

 頭頸部(とうけいぶ)がんや肺がんの手術の場合、口腔ケアがあれば肺炎などの合併症が4分の1に減ったという統計もあります。

 また、気管挿管の際、喉頭鏡などのさまざまな医療器具が口腔内に入ります。ぐらぐらした歯(動揺歯)や折れそうなむし歯、外れそうな被せ物や詰め物(補綴(ほてつ)物)があると、器具が当たって歯が抜けたり補綴物が外れたりして喉の奥に入り込むリスクが高くなります。

 以上のようなリスクを回避し、安全・安心に手術を受けるため、必ず歯科を受診し、早めに口腔のチェックやケアを受けるよう心がけてください。

周術期外来~あんぜんな手術への入口
川崎医科大学附属病院看護部看護主任・中央手術室 臼井利江


 周術期とは、手術が決まってから手術を終え、退院するまでの期間を言います。周術期外来は、患者さんが安心して手術を受け、順調に回復し、早く元の生活に戻れるように支援をするところです。安全に周術期を乗り切るためにはさまざまな準備が必要です。

 まずは禁煙です。喫煙は、気道の分泌機能に障害を与え、肺炎のリスクを高めます。全身麻酔や手術を受けた患者さんにとっては大敵となります。禁煙できていないことが分かって予定していた手術がキャンセルとなるのは厳しすぎると思われるかもしれませんが、それほど術後の回復に致命的な影響を与えてしまうことがあるのです。周術期の合併症の予防には4週間以上の禁煙が必要です。

 次に禁酒です。お酒は肝臓に負担をかけることはご承知の通りで、肝機能が悪いと感染症の危険性が高まり、術後の回復にも影響します。また、アルコールは術後のせん妄を発症するリスクになります。少なくとも手術の1週間前からの禁酒をお願いしています。

 術後せん妄とは、時間や場所の感覚が鈍くなったり落ち着きが無くつじつまの合わない行動をする、睡眠リズムが崩れる―などです。入院による環境の変化、麻酔薬の影響、痛みなどの身体的ストレスなどが原因となります。

 手術を受けるのは怖いし大変なことです。われわれスタッフは、患者さんが少しでも早く元の元気な生活に戻れるよう、手助けできればと思っています。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2019年10月07日 更新)

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