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倉敷中央病院循環器内科医長 久保俊介(35) 最新心臓弁膜症治療の先導者

マイトラクリップを担当する久保医長(手前)。倉敷中央病院の循環器内科は20、30代の若手医師が多く在籍する

モニターを見ながらカテーテルを進める久保医長(左から2人目)

マイトラクリップ前後のエコー画像。治療前(右)は血液が逆流していることを示す黄色の範囲が広く、治療後はほとんど見られなくなっている

 心臓病治療に携わる医師の間で懸念されていることがある。心不全パンデミック(大流行)。心臓弁膜症や狭心症、心筋梗塞といった心不全患者が今後、日本で急速に増えていくという。最大の理由は高齢化だ。

 国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)と日本循環器学会が共同で行った調査で、2012年に約21万3000人だった心不全による入院患者数は、4年後の16年には約26万人に。毎年コンスタントに1万人前後が増えている計算になる。平均年齢は男性75歳、女性81歳だった。

 最新の心不全治療を米国で学び、岡山を舞台に活躍する医師がいる。倉敷中央病院(倉敷市美和)で循環器内科医長を務める久保俊介(35)。限られた医療機関でしか実施できない「僧帽弁閉鎖不全症」に対するカテーテル治療・マイトラクリップを専門にしている。

 僧帽弁が完全に閉じなくなり、血液が逆流する。弁の働きが悪くなる心臓弁膜症の中で最も発症頻度が高い疾患という。弁の劣化や心臓機能の悪化が原因で、息切れや食欲低下などが徐々に進み、最終的には入院治療が必要になる。

 マイトラクリップは弁をクリップで挟むことで血流を改善させる仕組みだ。それまでは外科手術で弁を縫合したり新たに作り替えたりするか、薬で症状を抑えるしかなかった。「心臓を切開し、人工心肺を使用する手術は、高齢患者の負担が大きく、断念せざるを得ないケースも少なくなかった」と言う。

 久保は18年4月、中国地方の医療機関で初めてマイトラクリップを手掛けた。以来、実施したのは今年9月末までに83件。患者の最高齢は95歳だった。

 心臓弁膜症の治療を大きく変えたマイトラクリップとは―。倉敷中央病院の手術室にいる久保に密着した。

手術負担減 高齢患者の光に

 午前10時。倉敷中央病院(倉敷市美和)の2階にある手術室で、循環器内科医長、久保俊介は70代の男性患者の治療に臨んでいた。

 息切れ、動悸(どうき)などがあり、検査の結果、僧帽弁の逆流が認められ、僧帽弁閉鎖不全症と診断。薬物治療を行うも症状は改善せず、まず外科手術が検討された。だが、腎臓に持病があることや高齢のため、リスクが高かった。マイトラクリップを専門とする久保に患者の命が託された。

 チームとして循環器内科の若手を中心に麻酔科医、看護師のほか、診療放射線技師や臨床工学技士ら13人が集まった。久保が全身麻酔を施した患者の足の付け根の静脈から慎重にカテーテルを挿入していき、右心房と左心房を隔てている心房中隔を通って、左心房へと進めていく。

 僧帽弁があるのは心臓の左心室と左心房の間。血液が左心室から全身に送り出される際、左心房に逆流しないよう、心臓の収縮に合わせて前尖(ぜんせん)と後尖(こうせん)の2枚の弁が開閉している。患者の心臓を超音波モニターで確認しても、血液が明らかに逆流している様子が映し出されていた。

 久保の「クリップを用意して」との声に、スタッフがクリップを先端に取り付けた「クリップデリバリーシステム」を手渡す。久保はさらにモニターを凝視し、僧帽弁の適切な位置まで持っていき、前尖と後尖をクリップで同時に挟み込んだ後、カテーテルを抜いた。モニターで逆流がないことを確認して、治療の終了だ。

 麻酔時間を含め、治療を終えるまでの時間は3~4時間と驚くほど短い。当日は集中治療室で様子を見るが、食事はその日の晩ご飯から取れ、問題がなければ3日後には退院できる見込みという。

 マイトラクリップは08年にヨーロッパ、13年に米国で導入された。国内では18年4月に保険適用。認定循環器専門医が3人以上在籍する、研修プログラム受講者が2人以上いるといった条件を満たした医療機関のみで実施できることになった。倉敷中央病院では保険適用当初から行い、多くの症例を重ねている。

 その先頭に立っているのが久保だ。14年から米国のシダーズ・サイナイ医療センターで研修を受け、約1年半の間に250例程度の治療に立ち合った。「人工心肺を使わないだけでなく、造影剤も使用しないので、腎不全患者でも治療が可能。静脈からのアプローチなので安全性も高い」と言い、こう力を込める。「何より最新の治療を岡山の人たちに受けてもらいたい。その一心で取り組んできた」

 患者の多くは70、80代で、これまで外科手術をあきらめていた年代と重なる。治療後は症状が劇的に改善することから、心臓弁膜症に悩む患者にとっては朗報といえそうだ。

 もちろんいいことばかりではない。血栓の形成や心臓の損傷、クリップが外れるといった合併症が起こる可能性もある。さらに中等度以上の自覚症状を伴ったり、僧帽弁がマイトラクリップに適した形態であったりすることなど、治療の適応条件もある。

 「最終的には全身状態の評価とともに、心臓超音波画像などで僧帽弁を確認し、循環器内科、心臓血管外科、麻酔科など多職種からなるハートチームで議論して決定する。誰もが受けられるというわけではないが、手術リスクの高い患者の選択肢の一つとして、ぜひ考えてほしい」 (敬称略)

 くぼ・しゅんすけ 奈良県出身。大阪星光学院高校、神戸大医学部卒。京都桂病院で初期研修後、2010年4月から倉敷中央病院勤務。14年8月~16年3月に米国に留学し、ロサンゼルスにあるシダーズ・サイナイ医療センターでカテーテル治療の研修を行う。日本内科学会認定医、総合内科専門医、日本循環器学会専門医、日本心血管インターベンション学会認定医など。

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 日進月歩で技術革新が進む医療の世界。岡山県内でもそれぞれの専門分野で先駆的に取り組む医師たちがいる。診療現場を訪ね、命をつなごうと奮闘する姿を追う。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2019年10月07日 更新)

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