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光陰矢の如し 岡山旭東病院 土井章弘

 中国の儒者朱熹の「偶成」と題した詩がある。

 「少年老い易く、学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず、未だ覚めず地塘春草の夢、階前の梧葉、己に秋声」

 私が岡山旭東病院の院長に就任したのは、昭和63年3月(49歳)であった。それから30年が過ぎた。昭和50年3月から12年間は、香川県立中央病院の脳神経外科主任部長として勤務医を務め、脳神経外科医として最も充実した時間を過ごすことができた。

 その後、整形外科医である弟の土井基之と院長・副院長として二人三脚で、脳・神経・運動器疾患の総合的専門病院を目指してきた。経営については全く経験がなかったが、ご縁があり中小企業家同友会に入会させて頂き、人間尊重の理念経営を学ぶことができた。

 30年間、全職員による経営指針を作成し、経営指針書をドラマの脚本として実践を積み重ねてきた。更に、学習型病院として、職員がテクニカルスキルと同時に人間力〔ヒューマンスキル〕を育成できるよう共育(共に育つ)にも努めてきた。

 病院協会や同友会など様々な役割を通して、多くの経営者に出逢うことができ、平成31年4月には、公益財団法人として認可され、岡山旭東病院・岡山リハビリテーション病院・岡山ハッピィライフ操風など、公益財団法人操風会グループとして成長してくることができた。

 月日の経つのは早いもので、「光陰矢の如し」を実感している。私は、弟の土井基之理事長と共に専務理事(総院長)として、次代の吉岡純二院長・土井英之副院長と幹部やスタッフを支え、この地域になくてはならない脳・神経・運動器疾患の総合的専門病院として、また公益財団法人操風会として発展していくことを願っている。 
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2020年03月25日 更新)

タグ: 岡山旭東病院

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