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フレイルの進行予防しよう 専門家3人に聞く

青山雅医師

小川紀雄医師

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、自宅に閉じこもりがちになっていた高齢者にとって怖いのは「フレイル」だ。フレイルは、加齢に伴って心身の活力、筋肉や認知機能、社会とのつながりなどが低下した状態とされる。要介護に陥る前段階と言われるが、適切な支援によって生活機能の維持・向上が期待できるという。進行を予防するには運動などで筋肉を動かし、しっかり食べて栄養を付け、家族や友人との支え合いや気軽にできる社会参加が重要だ。3人の専門家に、運動によるフレイルの予防法、高齢者に多い糖尿病や認知症患者らにとっての向き合い方を聞いた。

運動は最も効果的な薬
川崎医療福祉大学(倉敷市松島)健康体育学科 石本恭子准教授


 高齢者の看護や運動療法に詳しい石本恭子准教授は「高齢者は活動量が下がると簡単に筋力、体力が落ちてしまう」と言う。「2週間の寝たきりによって失われる筋肉量は7年間に失われる量に匹敵する」とは、フレイルが語られるときによく聞くフレーズだ。

 石本准教授は高齢者の体力面とともに心理面・社会面にも着目する。入院したり、自宅に閉じこもりがちだったりして体力が落ちた高齢者は、しばしば「何となくだるい」と口にする。「この『だるい』や『動くのが面倒くさい』というのはフレイルの兆候かもしれない」と、意識して体を動かすべきだと呼び掛ける。

 石本准教授は「運動はフレイルに対して副作用のない、最も効果的な薬。動けばそれだけ効果は現れ、血流が良くなり気分も晴れる」と強調。テレビでも見ながら、楽しく毎日運動を続けてほしいと話している。

 自宅で簡単にできる予防体操を紹介してもらった。

片脚立ち
左右1分間ずつ、1日3回行う。背筋を伸ばし、転ばないよう椅子か机で体を支えながら、床に付かない程度に脚を上げる。「イチ、ニ、サンと数えながらやるといいでしょう」

かかと上げ
できる範囲で10~20回を2、3セット。机や椅子などに手をついて、両足のかかとをゆっくりと上げ下げする。かかとを上げすぎると転びやすくなるので注意

スクワット
深呼吸をするペースでゆっくりと、5、6回繰り返す。1日3回行う。肩幅より少し広めに足を広げ、何かにつかまりながら、お尻を後ろに軽く突き出すように体を沈める。膝がつま先より前に出ないように注意

膝のばし
できる範囲で10~30回を2、3セット。つま先を天井に向け、膝を伸ばす。1、2秒停止させ、ゆっくりと元の位置に戻す。椅子には深く腰掛けないように

腕上げ
できる範囲で10~30回を2、3セット。軽く手を握って肘を曲げ、天井を押し上げるようなイメージでゆっくりと腕を上げ下げする。「500ミリリットルのペットボトルを持ってやると、より効果的です」

グーパー
手と足で10~30回を2、3セット、それぞれ行う。「手は肘を伸ばしてグーパーグーパー。足は椅子などに腰掛けて、かかとを床に付けてもかまいません」

糖尿病、生活習慣踏まえ実行
倉敷平成病院(倉敷市老松町)倉敷生活習慣病センター診療部長 青山雅医師


 フレイルの評価基準には、体重の減少▽青信号で横断歩道を渡りきれないなどの歩行速度の低下▽筋力(握力)の低下―など5項目がある。青山雅医師は、高齢の糖尿病患者にとって大事なのは運動と食事だとして、「食後の適切な時間に体を動かし、筋肉量を維持することが血糖値を低くコントロールすることにつながる」と指摘する。

 運動を始めるタイミングが重要で、「食べ始めてから1時間目がベスト」。午後7時に食べ始めたのなら、1時間後の8時から体を動かすのが良いという。理由は、その時が一番血糖値が高くなっているからだ。運動することで血糖を筋肉に取り込んで血糖値を下げ、併せて筋肉量も維持しようというのだ。

 運動の内容は、家事や風呂掃除など、その時にできる日常の生活動作でよく、「家事労働17分が軽いジョギング10分に匹敵するとも言われる」と青山医師は説明する。これを1日3回継続して行い、血糖値のコントロールに成功している患者は多いという。ただ、運動をやり過ぎたり、運動してすぐの食事は血糖値を上げてしまうし、空腹時の運動は低血糖を招くので避けるべきだとしている。

 青山医師は「高齢者や痩せている糖尿病患者は、周囲が良いと言っている食事や運動の仕方などを独りよがりに行うのではなく、自分の生活習慣、すなわち起床時間や3食をとるタイミング、就寝は夕食の何時間後かなどを把握することが基本」と指摘。それらを十分踏まえたうえで、食事をきちんと食べたり自分にあった運動をすることが大切だとして、「年齢や性別、体重によっても治療内容が変わってくるので主治医と相談し、治療効果がでているのか、体重の増減、腰痛や膝痛の出現など確認しながら続けてほしい」と話している。

精神的な症状にも注目を
おかやま内科糖尿病・健康長寿クリニック(岡山市中区中納言町)名誉院長 小川紀雄医師


 フレイルというと、体重減少や筋力低下など身体的な側面に注目しがちだが、小川紀雄医師は「老年病専門医の立場としては、気力の低下など精神的な症状や社会的なつながりも含めて考える」と説明する。元岡山大学大学院医歯学総合研究科教授で、パーキンソン病の研究で知られる。

 2014年に日本老年医学会が出したステートメントには、フレイルは「身体的問題のみならず、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題、独居や経済的困窮などの社会的問題を含む概念」とされている。つまり、人とのつながりなどがもたらす生きる意欲、社会的な尊厳が守られること、そういった視点が重要になりそうだ。

 「診察の場で診ていると、認知症の患者さんの多くがフレイルの状態だ」と小川医師は言う。新型コロナウイルの感染拡大の影響で、往診する施設の高齢者は家族らとの面会は禁止されている。「意欲を失ったりして症状は悪くなっている」とも指摘する。

 小川医師が長く往診を続けている90代の認知症患者は、ヘルパーの女性が思い出話につき合うなど、親身になって長時間寄り添うことで症状が改善したという。多くの時間をベッドで過ごしていたが、歩行器や車椅子で庭に出るようになり、歌を歌うようにもなった。小川医師は「改善は難しいと思っていたが、ヘルパーの女性とのつながりが意欲を引き出したのだろう」と思いを巡らせる。

 誰にでもこうしたことが起こるわけではないが、何かのきっかけで意欲がわけば、動くことにつながり、気分が晴れて次の行動に、といった好循環が生まれる。「そうなれば周囲の家族らにも笑顔が広がり、高齢者も穏やかに暮らせるようになる可能性はある」と小川医師は話している。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2020年06月01日 更新)

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