文字 

災害時の医療的ケア児・者支援は 「どんな命も守る社会に」

人工呼吸器や酸素濃度などを測る機器を付けている斎藤卓麻さん(手前)と母淳美さん。西日本豪雨後も避難先が見つからず、梅雨期を迎え不安を抱えている

西日本豪雨で1階が浸水した斎藤さん宅=2018年7月7日午前(淳美さん提供)

 倉敷市真備町地区で暮らす斎藤卓麻さん(21)は2018年7月の西日本豪雨時、装着している人工呼吸器の充電が切れる寸前で一命を取り留めた。

 激しい雨の中、介助する家族が避難をためらっているうちに一帯は停電、自宅2階まで水が押し寄せた。ぎりぎりのところで民間のボートに助けられ、総社市内の病院に運ばれた。

 斎藤さんのように人工呼吸器の装着やたんの吸引が必要で、電源や酸素が命綱となる「医療的ケア児・者」の避難は当時、困難を極めた。小児科医らでつくる倉敷地区重症児の在宅医療を考える会(代表世話人=井上美智子・南岡山医療センター小児神経科医長)によると、岡山県内では少なくとも8人が被災した。

 「電源やケア物品がない1次避難所に行くのは控えた」「災害による病気やけががなかったため、入院を希望しても病院に拒否された」―。家族の悲痛な声からは、支援体制の脆弱(ぜいじゃく)さがのぞく。斎藤さんの母淳美さん(43)は「どんな命も守る社会に」と訴える。

 救命医療の進歩に伴い、全国的に増加している医療的ケア児・者。20歳未満は約1万9千人(17年度推計値)で、07年度の約2倍に上る。豪雨後に全数調査を始めた岡山県では18年時点で336人、19年は357人となっている。

 豪雨から間もなく2年。災害時の支援体制構築に向け、関係機関は模索を続けている。斎藤さんの被災状況を振り返り、現状と課題を追った。



 2018年7月6日午後10時ごろ。外は猛烈な雨が降っていた。

 倉敷市真備町地区の自宅にいた淳美さんは子ども4人の助けを借り、卓麻さんを人工呼吸器などの医療機器とともに2階に避難させた。倉敷市の災害時要援護者名簿に登録していたが、支援の連絡は一向に来ない。夫は仕事で外出中だった。

 自宅での「垂直避難」を選択したのは、約1時間前に受け取った友人からのメールに「避難所が大混乱している」とあったことも理由だ。「電源を求めるような迷惑は掛けられない」

 卓麻さんは生後8カ月で重度のぜんそく発作から低酸素脳症になり、手足のまひや重い言語障害が残る。小学3年生の時、人工呼吸器を装着し、豪雨の1カ月前にはチューブで栄養を取る胃ろうになった。

 7日朝には停電が発生した。3本ある人工呼吸器のバッテリーは、1本当たり3時間弱しか持たない。たんの吸引機は半日で切れる。携帯電話からの情報を頼りに、不安な一夜を過ごした。

 午後3時ごろになると、2階まで水が押し寄せてきた。淳美さんは窓から必死にタオルを振って助けを呼んだが、遠くのボートまで声は届かなかった。「この子をみとらなくてはいけないかも…」。卓麻さんを抱きかかえて覚悟を決めた時、救助のボートが現れた。その後、偶然通り掛かったポンプ車に乗って総社市内の病院に駆け込んだ。人工呼吸器の充電は残りわずか数分。九死に一生を得て、その場に崩れ落ちた。

 ■ □ ■   

 倉敷地区重症児の在宅医療を考える会によると、豪雨で被災した岡山県内の医療的ケア児・者は卓麻さんを含めて少なくとも8人おり、うち6人が真備町地区だった。地域で避難体制が整っていない中、知人などを頼りに8人とも南岡山医療センター(早島町)と社会福祉法人旭川荘(岡山市)に受け入れられ、事なきを得た。

 斎藤さん一家は全壊した自宅を修復し、約2カ月後に真備に戻った。非常時に備え、薬や医療用具を入れた救急箱を自家用車にも常備したが、命綱である医療機器用バッテリーの予備は経済的問題で入手が難しい。自家発電機も約15万円と高額な上、精密な医療機器に必ずしも接続できる保証はないという。

 豪雨から2度目の梅雨期を迎え、新型コロナウイルス禍も加わった。基礎疾患を持つ人は重症化しやすく、家族の不安は募るばかりだ。淳美さんは「安心して避難できる場所さえない。電源がないと生きられない人がいることを知ってほしい」と話す。

 ■ □ ■  

 「抜本的な災害支援体制はない」。医療的ケア児・者の受け入れ先について、厚生労働省は厳しい現状を示す。

 災害拠点病院に指定されている倉敷中央病院(倉敷市)も豪雨時、受け入れを見送った。災害による病気・けが人には該当しないとの判断からだった。

 同院総合周産期母子医療センターの渡部晋一主任部長は「災害を想定した実践的な備えが病院側になかったのも事実」とした上で「医療機関と家族、行政が連携した避難体制づくりが急務」と強調する。

 昨年から医療的ケア児・者の災害時支援の検討を始めた岡山県小児科医会は、県と岡山、倉敷市に避難先の確保などを要望。今月10日には、災害時に電源と避難場所を提供する医療福祉施設と当事者をマッチングするサイト「ぼうさいやどかりおかやま」の運用を、県医師会小児科部会とともに始めた。在宅医療を担うつばさクリニック岡山の中川ふみ医師は「まだ参加施設が少なく、自治体との連携はこれから。運用は手探りだが、少しでも救える命を増やしたい」と話す。

 県は3月、障害者向けに災害時の避難先や備えを決めておく「サポートブック」をつくり、ホームページなどで紹介している。「犠牲者ゼロのまちづくり」を掲げる倉敷市も昨年秋から有識者の検討会を開き、要配慮者の避難支援策を協議している。市の災害時要援護者名簿に記載されている人は約4万人にも上り、豪雨時の避難支援に十分生かせなかった反省がある。

 委員長を務める東京大大学院の片田敏孝特任教授(災害社会工学)は「生命維持装置を付けるなど特に避難が難しい人については(名簿の中から)絞り込んで行政が責任を持つ必要がある。民間と連携した支援の仕組みづくりを強く働き掛けていきたい」と話す。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2020年06月14日 更新)

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ