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44 再入院 白血球減り再び腹水

2008年6月29日、消化管・肝胆膵外科病棟の退院時に看護師さんたちと記念撮影。10日後、階下の泌尿器科・消化器内科病棟に再入院してしまった

 炎症反応を示すCRP(C反応性タンパク)値が23(単位は1デシリットル中ミリグラム)に上昇していた。基準値は0・3未満。重篤な感染症を疑わせる警報だ。

 2008年7月9日。岡山大病院肝移植チームのチーフ八木孝仁医師と、私を担当している吉田龍一医師は、ともに国際肝臓移植学会でパリへ出張中。代診していただいた貞森裕医師は即座に再入院を指示した。

 外来へ駆け込んだ時点で再入院を覚悟していた。術後順調に退院できたレシピエントでも、往々にしてすぐに再入院を余儀なくされるケースがある。コーディネーター保田裕子さんは慌てる様子もなく、各病棟の看護師長とかけ合って空きベッドを探してくれた。

 入院棟6階東の消化管・ 肝胆膵 ( かんたんすい ) 外科病棟が肝移植レシピエントのホームグラウンドなのだが、あいにく満床。感染症が懸念されるため、個室を確保できた5階西の泌尿器科・消化器内科病棟でお世話になることになった。

 10日前、「よかったね。おめでとう」と祝って見送ってもらったばかり。6階東病棟の看護師さんたちや患者仲間に合わせる顔がない。慣れない病棟に隠れるように入院した。39度を超えた熱は下がりつつあったが、下痢が続いていたので絶食指示。再び点滴に縛られてしまった。

 翌日はCRP値が25まで上がっていた。ところが、白血球数は620(1マイクロリットル=100万分の1リットル中)しかない。通常、細菌感染に伴って急上昇するはず(ウイルス感染では上昇しないケースも多い)なのに、基準値(3500~8500)より著しく低い。

 白血球の中でも好中球や単球(マクロファージ)は、体内に侵入した細菌を見つけると、取り込んで 貪食 ( どんしょく ) し、殺菌する。免疫系はフル稼働して白血球の増員態勢を整える。だが、わが防衛隊は敵が潜入しているらしいのに沈黙し、どこかで震えているのだろうか。

 がん治療で強い化学療法を受けた後の状態に近い。このまま無防備なのは極めて危険。白血球の増殖を促すグランの点滴静注が始まった。

 さらに、悪い予感が現実となった。ぎゅるる…。おなかが悲鳴を上げている。肝静脈を拡張するバルーン(風船)カテーテル治療で軽快したはずの腹水症がぶり返していた。食事もしないのに体重がどんどん増えてゆく。

 病衣が冷たい。いつの間にか、おなか周りがびっしょり 濡 ( ぬ ) れていた。めくってみると、留置してある胆管チューブの傷口から、腹水がだだ漏れ状態になっている。

 驚いた看護師さんが20枚もガーゼを当ててぐるぐる巻きにしてくれたが、半日と持たない。まるで水芸を見ているようだ。とうとう尿取りパッドをあてがう羽目に陥った。

 痛みはないけれど、腹膜炎の可能性も考えられる。 穿刺 ( せんし ) した腹水で細菌培養する検査も行われたが、敵はなかなか正体を現さなかった。


メモ

 グラン 骨髄の造血幹細胞を刺激し、白血球(主に好中球)の分化・成熟を促す顆粒(かりゅう)球コロニー刺激因子(G―CSF)製剤の1つ。骨髄移植やがんの化学療法後、エイズによる好中球減少症などに用いられる。大腸菌にヒトの遺伝子を組み込む遺伝子組み換えによって生産され、かなり高価(300マイクログラム製剤で29325円=2009年度)。タンパク質のG―CSFは経口摂取では分解されるため、注射製剤で供給される。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年04月19日 更新)

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