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45 簡易無菌室 骨髄穿刺におののく

個室内でさらに簡易無菌室の御簾(みす)に囲われた。腹水がたまったおなかはせり出し、起き上がるのもおっくうな日々が続いた=2008年7月16日

 人体はいったんホメオスタシス(恒常性)が崩れてしまうと、連鎖反応のようにどんどん悪い方へ転がってゆくもののようである。極めて柔軟なシステムは、同時に、とても繊細なバランスの上に成り立っている。

 2008年7月14日。フランス・パリの国際学会から帰国した岡山大病院肝移植チームのチーフ八木孝仁医師と吉田龍一医師は、時差ぼけも解消できないうちに、一番に診察に駆けつけてくれた。

 グランの点滴静注が続いているが、白血球数はなかなか上がらない。感染症を警戒し、簡易無菌室に入ることになった。

 可搬式ラックがごろごろと運び込まれた。ベッド上をすっぽりビニールカーテンで覆い、 集塵 ( しゅうじん ) フィルターのファンを回す。床面にはすき間があり、あくまで「簡易」だけれど、「隔離」の気分を味わうには十分だ。

 送風音ががなり、波打つビニール越しにテレビを見ていると、透明の 檻 ( おり ) から一生出られないような気がしてきた。急性白血病などの血液がんを患う方は、きっと同様の思いをされるに違いない。

 人ごとではない。私は白血球だけでなく、赤血球や血小板の数も基準値より大幅に少ない「汎血球減少」の状態にあった。ひょっとすると、原因は血液がんかもしれない。

 吉田医師が「念のために血液・ 腫瘍 ( しゅよう ) 内科の先生に診てもらいましょう」と紹介してくれた時点で、再生不良性貧血や骨髄異形成症候群という病名が頭をよぎった。どちらも血球が育つ大本の骨髄多能性幹細胞に異常を来す難病(特定疾患)である。

 肝移植はさまざまな診療科が連携する学際的医療であることは知識として持っていたが、血液・腫瘍内科にまでお世話になるとは思いもしなかった。コーディネーターの保田裕子さんに「全部(の合併症を)経験してるね」と慰めてもらったところで、ちっとも気は晴れない。

 次にやる検査が予想できた。怖くてたまらない。マルク= 骨髄 ( こつずい ) 穿刺 ( せんし ) 。胸骨または腸骨に針を刺して少量の骨髄液を抜き、顕微鏡で細胞を観察するのだ。

 痛みだけなら、局所麻酔でこらえられる。なんとしても耐え難いのは、シリンジに骨髄液を吸い上げる時。以前、岡山労災病院(岡山市南区築港緑町)で受けたことがある。胸骨をバキバキと砕かれ、心臓をわしづかみにされたような感覚が、トラウマ(心的外傷)となって残っている。

 今回は腸骨から採取するという。観念してうつぶせになり、おしりを突き出すような姿勢で丸まった。

 骨髄穿刺はかなりの力仕事らしい。ドクターは何度も気合を入れ、穿刺針をねじ込もうとするが、硬くてなかなか奥へ進まない。とうとう骨髄液はあきらめ、生検針に取り換えて組織片を採取する羽目になった。

 汗をふきながら先生が見せてくれたシリンジに、5ミリほどのピンク色の組織片が入っていた。この検査を何度も繰り返す血液がんの患者は本当に大変だ。もっと侵襲の小さい検査法が開発されないものだろうか。


メモ

 骨髄移植 白血病とともに重症の骨髄異形成症候群、再生不良性貧血などが骨髄移植の対象となる。移植したドナーのリンパ球が新しい宿主を異物とみなして攻撃しないよう、HLA(ヒト白血球抗原)が一致するドナーから提供を受ける必要がある。多くの場合、骨髄採取は全身麻酔下で行われる。今年2月末現在、日本骨髄バンクに356081人がドナー登録し、累計11459例の非血縁者間移植が実施された。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年04月26日 更新)

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