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46 PET リンパのがん化疑う

岡山画像診断センターのPETとマルチスライスCTを組み合わせた検査装置は、がんの早期診断や転移の発見に優れた成果を上げている

 腸骨のマルク(骨髄 穿刺 ( せんし ) )は思っていたほどの恐怖はなかった。胸骨から穿刺する場合、滅菌布で覆いながらも目の前で針を心臓のそばに打ち立てられるが、今回の腸骨の場合、患者からは見えないからだろうか。

 顕微鏡で観察しても、血液がんを疑う異常な細胞は見られなかったという。血球数が著しく低下する汎血球減少の原因は、今もよく分からないままだ。

 血液がんを「除外診断」するための検査であり、その目的は果たした。だが、さらなる除外診断を必要とする事態が生じた。

 2008年7月23日。これ以上悪化しないだろうと、抗生剤の点滴が中止された。腹水漏出のピークも過ぎたとみておなかを穿刺。過去最多の5500CCもの腹水を排出し、久しぶりに腹がへこんだのだが、翌未明、再び腹痛と37度台の発熱に見舞われた。

 何かが潜んでいる。

 岡山大病院肝移植チームのチーフ八木孝仁医師( 肝胆膵 ( かんたんすい ) 外科長)が疑ったのは、PTLD(移植後リンパ増殖性疾患)という耳慣れない合併症だった。

 臓器移植後にリンパ球(B細胞)が無秩序に増殖していき、しばしば悪性 腫瘍 ( しゅよう ) 化を招く。エプスタイン・バール・ウイルス(EBV)感染がきっかけと考えられ、特に子どものリスクが高い。

 EBVはありふれたヘルペスウイルスの一種。大半の日本人が幼少期に感染し、抗体を持っている。成長するとともにウイルスは眠ってしまい、ずっと無症状で過ごしているが、移植後に服用する免疫抑制剤は恐ろしい。EBVを起こし、活性化してしまう危険性があるのだ。

 PTLDを発症すると、エイズ患者と同様の免疫不全状態に陥る。多くのレシピエントが命を落としてきた。

 PTLDの除外診断のために PET ( ペット ) (陽電子放射断層撮影)を受けることになった。陽電子を含む薬剤を注射し、放出される放射線の分布を調べる。

 薬剤はがん細胞に特異的に強く取り込まれる。PETは一度の検査で全身に数百あるリンパ節をくまなく調べ、もしPTLDによってがん化したリンパ球があれば、強い光を放って指し示す。

 岡山大病院と連携している岡山画像診断センター(岡山市北区大供)を受診。注射した薬剤が取り込まれるまで約90分、じっと安静を保つ。個室のリクライニングシートに寝て、気を楽にして待てばよい。だが、思いは千々に乱れ、ちっとも休まらない。

 PETを受ける患者の多くはがんの不安を抱えている。つらい心境で検査に臨まれる方もいらっしゃると思うが、早期発見できればきっと、いろいろな治療法があるはずだ。

 「どんな長夜も、かならず明けるのだ」

 シェークスピアの戯曲「マクベス」(福田恒存訳)第4幕は、そのせりふで締めくくられている。


メモ

 PET(Positron Emission Tomography) がんの検査では通常、18F―FDG(フルオロデオキシグルコース)を注射する。ブドウ糖の一部を放射性同位元素のフッ素18で置換した薬剤で、がん細胞はブドウ糖と同様にエネルギーとして取り込むが、代謝されずに貯留する。放射能の半減期は110分と短く、被ばくの影響は小さい。薬剤を取り込みにくい部位のがんや小さな病巣では、PETで検出できない場合もある。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年05月03日 更新)

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