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第5部 公立病院の苦悩 (6)活路  新病棟、越県連携に期待

備前病院の新病棟の完成予想図をチェックする藤田院長(左から2人目)ら。来秋完成へ期待が高まる

 備前市が今秋、建て替え工事に着手する市立備前病院(同市伊部)の設計が固まった3月下旬、藤田保男院長は職員らと感慨深げに5階建ての新病棟の完成予想図をチェックしていた。

 「やっと目に見える形で動き始めた。実際の年月以上に長い道のりに感じたよ」

 現病棟は築40年。傷みが目立つ。耐震、バリアフリー化が建て替えの目的だが、着工を待ち焦がれる事情がほかにもあった。

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 2008年3月、常勤医10人のうち、3人の外科医全員を派遣元の岡山大が引き揚げた。手術が年40件程度と少ないこと、それに設備の老朽化が大きな理由だった。

 建て替えは4年前の06年、市議や医師会関係者らの同病院検討委員会が市に答申していた。

 ところが、その前年に備前市は、それぞれ町立病院を持つ日生、吉永町と合併。三つの公立病院を抱えることになった新市は、厳しい財政状況から建て替えを先送りしてしまった。

 外科医がいなくなり、収益の柱の入院は1割以上減少。08年度の赤字は前年度比4千万円増の2億2千万円に膨らんだ。「経営改善には外科の復活、それには建て替えが何としても必要だった」と三村功・市病院総括事務長。

 そうした中で、08年10月、同市が兵庫県赤穂市、上郡町とともに、国の「東備西播定住自立圈構想」に選ばれたことで局面が動いた。

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 定住自立圈構想は、複数の市町村が医療や公共交通など生活機能を補完し合うことで定住を促すもので、3市町には国から特別交付税が配分される。

 備前市は兵庫県赤穂市からの県境を越えた医師派遣に活路を求め、昨年3月、建て替えを正式表明した。

 ところが、連携協議が進む昨年10月末、市立赤穂市民病院に實光章院長を訪ねた藤田院長の期待はあっさりと崩れた。

 「お互いに『医師を派遣してほしい』『うちには余裕がない』の応酬。どうしようもできなかった」

 産婦人科医不足の赤穂側からは逆に、備前から医師を送るよう求められる始末。話はかみ合わなかった。

 12月25日、赤穂市役所であった協定の合同調印式。病棟建て替えにゴーサインを出した西岡憲康市長は不満を漏らした。

 「赤穂も医師が足りない。何度お願いしても供給されない。国レベルで医師確保をやってくれないと、地方の力では限界がある」

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 備前病院の新病棟は来秋に完成する。ベッド数は10床減り90床になるが、手術直後の病状が安定しない患者向け病床10床を新設。市外からの転院を積極的に受け入れ、12年度の黒字化を目指す。

 だが、医師確保のめどは立たない。4月にスタートした自立圏構想の「共生ビジョン」は、赤穂市民病院の研究会に備前市立3病院の医師、看護師らが参加する地域連携が盛り込まれるのにとどまった。岡山大からも派遣復活の返事はまだもらえそうにない。

 ただ、藤田院長は前向きにとらえる。

 「備前病院は岡山大、赤穂市民病院は京都大出身の医師が多く、隣の市でも交流がなかった。小さな一歩も意義はある。踏み出せば、何か変わるはずだ」


ズーム

 定住自立圏構想 人口4万人超の市が「中心市」となり、周辺市町村と連携して活性化策を進める。関係自治体が協定を結んで「共生ビジョン」を策定すれば、国の財政支援の対象となる。「東備西播定住自立圏」は備前市が中心市となり、産業振興、交流、公共交通などの分野で連携事業を進める計画。本年度は圏域内の観光ルート設定、バス運行の調査・検証などに取り組む。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年05月09日 更新)

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