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第5部 公立病院の苦悩 (7)総合医療センター ERに生き残り懸ける

岡山大医学部の学生が見守る中、救急患者を診療する市場医師(右端)。ER型救急の可能性を探る=岡山市立市民病院

 4月27日午後1時半、岡山市立市民病院(同市北区天瀬)の救急センターに、50代の男性が救急車で搬送されてきた。

 「高さ6メートルの屋根から誤って転落した」。救急隊員がセンター長の市場晋吾医師(48)に告げる。患者の意識はしっかりしているが、検査の結果、呼吸器から漏れた空気が肺を圧迫していた。

 胸に管を刺して空気を抜き、当面の危機は脱したものの、 頚椎 ( けいつい ) や腰椎が折れ、大動脈損傷の疑いがあることも判明。専門的な治療が必要だった。

 「患者をお願いしたい」。市場医師は岡山大病院(同鹿田町)に要請。患者を救急車で送り出した。

 同センターに詰めるのは市場医師ら3人の救急医。深夜、早朝を除き救急専任で対応する。ここで行うのは診断と初期診療まで。さらに治療が必要なら、各診療科や専門の他の病院に引き継ぐ。

 市場医師は「救急医は幅広い症例を診られる。まだ不十分だが、数多くの患者に対応できている」と話す。

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 救急センターは将来のER(救急外来)への移行を念頭に4月開設された。「あらゆる救急患者を受け入れる」態勢を目指している。

 岡山市は、同市民病院から4キロ西の岡山操車場跡地(同北長瀬表町)に、同病院の人材や約400のベッドを引き継いだ岡山総合医療センター(仮称)を2015年度に開院する構想を打ち出し準備を進めている。最大の特長は「岡山ER」だ。

 同市消防局の救急出動は最近10年で4割増え、昨年は2万6千件。一人暮らしの高齢者の増加や緊急性のない利用が数字を押し上げており、半数以上が軽症患者だ。松本健五・市病院事業管理者は「ERで積極的に軽症患者を受け入れていけば、2次、3次救急を担う他の医療機関の負担を軽減できる」と力を込める。

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 「岡山ER」構想について他の医療機関の受け止め方はさまざま。

 岡山労災病院(同市南区築港緑町)の清水信義院長は「医療機関が役割分担しながら地域医療を担うことができる」と歓迎。一方、国立病院機構岡山医療センター(同市北区田益)の三河内弘院長は「市から何の説明もない。本当に必要なものかどうかすら判断できない」と懸念する。

 これに対し、松本・市病院事業管理者は「医療機関には丁寧に必要性を説明していきたい」と理解を求める。 市は地域の救急医を育成する役割も強調。4月から岡山大に寄付講座「地域医療学講座」を開設した。事業費は本年度から4年間で1億3600万円。

 同講座では、市民病院救急センターの救急医がよりよいERシステムを研究。今夏には同大病院と市民病院研修医の救急研修もスタートする。同大の医学生の臨床実習にも利用されている。

 森田潔同大病院長は「高度先端医療中心の大学病院では学びにくい、頭痛や腹痛、外傷といった初期救急の能力をセンターで身につけ、地域で貢献してほしい」と期待する。

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 小児や産科救急などが手薄な市民病院。ERとして成功するには、何よりも他の病院との連携が欠かせない。「今後、現場レベルで顔の見える関係をつくることが一番の課題」と市場医師。

 生き残りを懸けた岡山市のER構想。その成否に公立病院の存在理由、将来が懸かっている。


ズーム

 岡山総合医療センター構想 老朽化した市民病院の移転新築構想を白紙撤回(2005年12月)した岡山市が、同病院に代わる新たな医療機関として08年11月に打ち出した。ERを備えた医療機能が特徴。予防、診療から介護までの保健・医療・福祉連携機能も担う。市は本年度、病棟規模や建設工程などをまとめた基本計画を策定する。


 ER型救急 北米の救急を参考にしたシステム。日本ではまだ数少ない。ER専門医がすべての救急患者の診断、初期診療を行い、帰宅か入院か、入院が必要ならどの診療科に振り分けるか判断する。ER専門医は入院患者を診たり、手術には基本的に関与しない。

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 第5部おわり。引き続き、医師不足の背景や対策について岡山県内外の医療関係者にインタビューします。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年05月10日 更新)

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