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インタビュー どうする医師不足(上) 鈴木厚・川崎市立井田病院地域医療部長 「亡国論」越え定員増を

 すずき・あつし 北里大大学院修了。2007年より現職。内科医として診療しながら、医療制度のあり方について執筆活動を続けている。近著は「安全保障としての医療と介護」。山形県出身。57歳。

 深刻化する地域の医師不足を取材した第3部「揺らぐとりで」、第4部「過疎地を守る」、第5部「公立病院の苦悩」で、取材班は医療崩壊を食い止めようと奔走する岡山県内の救急医療、へき地の医療機関、公立病院の現場を訪ねた。どうすれば人材を確保し、住民の安心を守れるのか。県内外の医療関係者に聞いた。

     ◇

 ―医師不足はなぜ起こったのか。

 2004年に始まった新しい臨床研修制度で表面化したが、それはきっかけ。高齢化にもかかわらず国が医師を増やさなかったことが根底にある。

 1983年、旧厚生省局長が「医師を増やせば、供給が需要をよび医療費が増大する」「社会保障を充実させれば、社会の活性が失われ日本経済が滅びる」という「医師過剰論」「医療費亡国論」を発表した。これが、その後の医師数抑制の流れをつくった。

 当時8280人だった医学部の入学定員は、医師不足が顕在化した2007年でも7625人に抑制されていた。世界各国が高齢化や医療の進歩に合わせて医師を増やしたのに、日本はその流れに逆行していた。

 ―特に救急、小児科、産科やへき地などで医師不足が深刻だ。

 診療科、地域による格差は確かにある。だが、それより問題は医師の絶対数が少ないこと。都市で医師が余っていれば、地方へ行くはず。だが、人口当たりの医師数が多い京都や東京でも医師は余っていない。

 OECD(経済協力開発機構)加盟国の医師数は昨年の報告で人口千人当たり平均3・1人だが、日本は2・1人で、30カ国中27位。日本の医師数(約28万人)は加盟国平均より12万人足りない。

 厚生労働省は08年、医学部定員を将来、1・5倍に増やす目標を発表したが、09年度は1割増にもなっていなかった。現在の医師不足を解決するには、医師過剰論、医療費亡国論を越え定員を倍に増やす必要がある。

 ―ただ、医師が一人前になるには大学入学から10年以上かかる。医師の負担軽減に向け厚生労働省の検討会は3月、看護師が一部の医療行為を行う「特定看護師制度」を導入する提言をまとめた。

 風邪やけがの治療などある程度は看護師にしてもらうのが現実的だろう。また、歯科医が過剰になっており、歯学部卒業生に進路変更してもらい医学部に編入してはどうか。

 へき地には大学か自治体が中心になって医師を送り込み、あらかじめ定めた期間が過ぎたら元の病院に戻る循環のシステムをつくる。1、2年の限定なら、多くの医師が行ってくれるだろう。

 ―医師を増やせば医療費は増えるのでは。

 医師数抑制の背景には、医療費を抑える国の狙いがある。近年の医療制度改革も聞こえは良いが、要は医療費削減。07年度の場合、約34兆1千億円の国民医療費のうち25%に当たる8兆4千億円を国が負担しているが、その縮減が医療政策の基本になっている。

 その結果、日本の国民医療費はGDP比8・1%でOECD加盟国中21位。トップの米国の半分だ。世界一の長寿国にしてはあまりに少ない。国民合意が必要だが、(GDP比を欧米並みにして医師を増やすには)40兆円にはするべきだ。

 財源確保には消費税率を上げ、医療や介護に限定した目的税にするしかないだろう。重要なことは、生命に直結している医療を「社会保障」という生ぬるい言葉でなく、「安全保障」と認識すること。それに見合う税金を投入すべきだ。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年05月11日 更新)

タグ: 医療・話題

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