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47 胆汁漏れ ほころび見つけ治療

岡山大交響楽団の医学部生有志は折にふれ、同大病院入院棟で院内コンサートを開いている。本格的な弦楽アンサンブルが患者や家族を癒やしてくれる=2009年11月3日

 真夏の日差しが照りつける2008年7月31日。震えながら臨んだPET(陽電子放射断層撮影)の診断結果は「シロ」だった。

 「よかったね。本当によかった」

 代わる代わる回診に訪れる岡山大病院 肝胆膵 ( かんたんすい ) 外科のドクターがみんな喜んでくれる。もしPTLD(移植後リンパ増殖性疾患)と診断されていれば、極めて厳しい治療になっていただろう。

 悪性リンパ腫の分子標的治療薬リツキシマブ(リツキサン)などが使えるが、免疫抑制剤と抗がん剤の併用がどれだけ難しいものか。ガード禁止ルールでボクシングの試合をするようなものだ。

 「シロ」で一件落着……とはならなかった。PTLDが除外診断され、振り出しに戻っただけ。薬剤による総力戦が続いていた。

 メロペンやチエナム(いずれも抗菌薬)、ファンガード(抗真菌薬)、塩酸バンコマイシン(抗MRSA薬)、バリキサ(抗サイトメガロウイルス薬)。これらは攻撃系。

 サングロポール(免疫グロブリン)、グラン(好中球の造血薬)、アルブミン点滴製剤。これらはドラゴンクエストの 呪文 ( じゅもん ) 「スカラ」みたいに、体の守備力を上げる。

 バリキサは汎血球減少の副作用報告もあり、私にとって「 諸刃 ( もろは ) の剣」だが、敵の正体がつかめない状況で背に腹はかえられない。ひたすら絶食と点滴に耐え続けた。

 やっと白血球数が上向きになったころ、再びCT(コンピューター断層撮影)検査を受けると、意外なものが見つかった。右横隔膜下に袋状の 嚢胞 ( のうほう ) ができて、 膿 ( うみ ) のような液がたまっている。

 ずっと 腹腔 ( ふくくう ) 内が腹水であふれかえっていて、水に浮いた袋は見えなかったのだ。背中側から嚢胞を 穿刺 ( せんし ) し、ドレーン(排液管)をつないだ。暗緑色の液がにじみ出てくる。どうやら膿は胆汁らしい。

 移植後、胆管のつなぎ目が 狭窄 ( きょうさく ) したり、ほころびて胆汁が漏れ出すことがしばしばある。炎症や細菌感染の原因となっていたのかもしれない。

 胆管を確認するため、ERCP(内視鏡的逆行性胆道膵管造影)を受けることになった。移植関連の治療法は、英語でも日本語でもつくづく難解だ。

 ERCPは消化器内科の専門。胃カメラと同様の内視鏡を口から十二指腸へ進め、総胆管の合流部(乳頭)から造影剤を注入してエックス線撮影する。狭窄やほころびがあれば、バルーン(風船)で広げたり、管状のステントを挿入して胆汁の流れを改善する。

 08年8月20日。ERCPは鎮静剤で眠っていた約1時間で終わった。やはり胆管 吻合 ( ふんごう ) 部から胆汁が漏れており、プラスチック製のチューブステントを入れてもらった。

 治療後はビリルビン値が順調に下がり、 黄疸 ( おうだん ) も消えた。8月末に嚢胞ドレーンを抜いてもらい、手術後初めて、体の表に管類が埋まっていない状態に戻れた。胆管にはステントがあるけれど…。

 再退院の日は9月2日に決まった。


メモ

 スカラ コンピューターゲームの人気シリーズ「ドラゴンクエスト」(スクウェア・エニックス社)では、主人公や敵、味方のキャラクターがさまざまな魔法の呪文を唱えて戦い、冒険を繰り広げる。「スカラ」は味方一人の守備力を上げ、攻撃で受けるダメージを減らす。「スクルト」は一度で味方全員の守備力を上昇させる。ヒットポイント(体力)を少し回復させる「ホイミ」、毒を消す「キアリー」、死んだ仲間を50%の確率で生き返らせる「ザオラル」などの回復呪文もある。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年05月10日 更新)

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