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第6部 命の値段 (3) 境界線 がん治療機に生活保護

木工細工の古民家を作る佐々木さん。治療費の心配が一段落し、作業に打ち込む

 3月はついに電気代が払えなかった。

 「このままだと借金せんといかん」。佐々木龍雄さん(66)=倉敷市中島=は4月初め、市に生活保護を申請した。

 アパートで1人暮らし。月10万円余の厚生年金で家賃や水道・光熱費、食費をまかなってきた。

 相当切り詰めてきたが、どうにも節約できないものができた。

 がんの治療費だ。

 「生活費までどうこうしてくれとは言わん。これさえ何とかなったら…」

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 水島協同病院(同市水島南春日町)で3年前、大腸がんの手術を受けた。その後、転移が見つかり、昨年1月から通院で抗がん剤治療を続けている。

 高額療養費制度を利用しても、毎月の治療費が2万4600円かかる。さらに週2回のホームヘルパー利用料が介護保険で月3千~4千円。これだけで収入の3割近くが消える。

 最近は台所に10分立つだけで息が上がり、脚が痛くなる。ヘルパーの回数を増やしたいが、料金がかさむため我慢している。

 生活保護を勧めたのは同病院のソーシャルワーカー森田千賀子さん(35)だ。認められれば医療・介護費とも全額公費が充てられ、無料になる。

 だが、「世間の目もあり、(申請には)抵抗感があった」と佐々木さん。市の担当者が家に来て預金通帳など資産状況を調査し、県外にいる息子にも「本当に支援できないのか」と連絡がいった。

 ようやく受給が認められたのは約3週間後だった。

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 年金世帯や低所得者層で高額の医療費負担が深刻化し、生活保護に頼るケースが増えている。しかし、預貯金、生命保険、車などの資産売却や、扶養義務者への照会などさまざまなチェックがあり、受給のハードルは高い。

 結果として、患者の受診控えが起きないか。森田さんは懸念する。「特に佐々木さんのように生活保護の対象になるかどうか『境界線』の人が心配」

 厚生労働省は4月、生活保護の基準を下回る「低所得世帯」の約7割、約229万世帯が「生活保護を受給できる可能性があるにもかかわらず受給していない」との推計を明らかにした。

 「月5万、6万円の年金収入だけで、医療や介護のサービスを削って家計をやりくりする高齢者は多い」と淑徳大(千葉市)の結城康博准教授(社会保障論)。

 こうした低所得者向けには、医療・介護費と保険料を免除する制度が必要だとし、「いわば、年金など社会保険と生活保護の中間にあるシステム。両者の間で生じる医療・介護の格差も解消できる」と説明する。

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 1センチ四方ほどの屋根瓦がびっしり。のれんやちゃぶ台も細かく再現されている。

 佐々木さんが挑戦しているのは木工細工の古民家作り。長屋や呉服店など江戸時代の町屋だ。もともと竹細工の展示会を開くほどの腕前だったが、闘病を機に中断。日々うつうつと過ごすうちに「このままでは病に負ける」と始めた。

 今は新しい生きがいにしている。「(生活保護で)お金の心配をせず治療に専念できる。ありがたい」


ズーム

 生活保護と医療扶助 厚生労働省によると、2008年度の生活保護の「被保護実人員」は1カ月平均で159万人。このうち医療扶助を受けたのは128万人で、ともに過去5年で18%増。生活保護費総額は08年度2兆7005億円(03年度比13%増)で、医療扶助は1兆3392億円(同8%増)と、ほぼ半分を占める。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年05月26日 更新)

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