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第6部 命の値段 (5) 健康保険 不況で滞納 受診を迷う

脇田さんが市から渡された滞納額の一覧表(左が滞納額、右が延滞金)。医療保険の恩恵を受けるためには払わないといけないが…

 激痛に耐えかねて迷った末、歯科医院に駆け込んだのは3月31日。国民健康保険が“切れる”前日だった。

 保険料の未払いが続いている倉敷市の脇田理恵さん(40)=仮名。鉄筋業を営む夫(45)は不況で仕事が激減、全くない月もある。代わりに草刈りやトラック運転手などのアルバイトを知人の紹介などで見つけ働く。理恵さんもパートに出るが、2人の月収は多くて計15万~16万円しかない。

 督促を続ける倉敷市からは「このままでは4月から、窓口で全額自己負担になりますよ」と通知されていた。

 「払わないといけないのは分かってるけど、これだけあると…」

 延滞金も含め、滞納額は130万円を超えている。

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 理恵さん方の毎月の保険料は約2万5千円。だが、5人の子どもを育て、授業料や給食費、家のローンなどを払うと、残りはわずかしかない。「保険料はどうしても後回しになりがち」と理恵さん。滞納は5年前から少しずつ始まり、昨年は全く払えなかった。

 昨年10月からは、支払いを促すため導入された有効期限が半年と短い「短期保険証」を交付された。さらに滞納が続くと「資格証明書」を交付され、いったんは全額を支払わなければならなくなる。自己負担を除く医療費の還付には市町村窓口での手続きが必要だ。

 駆け込みで受診した理恵さんだったが、歯科医から継続的な治療が必要と言われた。「次はとても払えない」と頭を抱える。

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 保険料が給料から天引きされるサラリーマンなどの被用者保険と違い、加入者が直接払い込む国保は岡山県内の08年度の滞納額が122億9千万円に達した。収納率は9割を切り、過去最低水準。一度でも滞納した世帯は6万6千世帯と加入者の23%に上る。

 ある自治体の国保担当者は「保険制度の建前として滞納問題には断固とした姿勢をとらないといけないが、低所得者の多い国保の構造的な問題をどうにかしないと解決しない」と話す。

 一方、窓口で全額負担を求める資格証明書の交付には、「患者の受診控えにつながり、病気を悪化させる」との批判がある。特に親の滞納による「無保険状態の子ども」の存在が社会問題となり、厚生労働省は09年度から中学生以下には短期保険証を発行するよう制度を改正した。今年7月からは高校生にも広げる。

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 理恵さんは2月に市に呼び出され、一度は月7万円ずつ納めることに同意した。しかし、月収のほぼ半分を占める額。実行できるはずがなかった。

 4月に再び市を訪れ、月3万円に減額し、必ず納めると約束した。短期保険証は何とか更新された。

 「保険証があるのとないのでは安心感が全然違う」。理恵さんはほっとした様子だ。

 ただ、今の計画では滞納額の完済ははるか遠い。4月は払ったが、5月は無理だった。

 苦しい中で保険料を納める加入者との公平性もあり、「いずれ分納額を上げてもらわないと」と、市にくぎを刺されている。

 来月には市との「相談」が再びある。


ズーム

 国民健康保険 自営業、農林水産業の従事者や会社を退職した高齢者らが加入する公的医療保険。1961年に市町村が運営する形で制度化された。低所得者の加入が増えて保険料収入は伸び悩み、財政が悪化。2008年度は岡山県内27市町村の国保事業のうち10市町村が単年度収支で赤字となっている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年05月29日 更新)

タグ: 医療・話題

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