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50 自戒の輪 腹水解消も服薬続く

ステント留置術の成功でやっと安心して外出できるようになった。昨年4月下旬、家族と一緒に島根県・三瓶山の広々とした草原に出かけ、生還を実感した

 2009年1月29日、ねじれて 狭窄 ( きょうさく ) した肝静脈に形状記憶合金のステントを挿入する血管内手術を受けた。

 08年5月以来、岡山大病院IVR(放射線診断技術の治療的応用)治療室に担ぎ込まれること7度目(初回は途中で治療断念)。すっかり「お得意さま」扱いになっていた。

 術者の三村秀文医師(放射線科講師)も「血管の『くせ』が大体分かりましたから」と落ち着いている。放射線によるDSA画像(デジタルサブトラクション血管撮影=連載第41回メモ参照)という優秀な「血管ナビ」はついているが、道に慣れているドクターにやっていただくのが一番安心できる。

 手術は順調に進んだ。最中に、導尿カテーテルからどんどんおしっこが流れ出ていくのが分かる。私の場合、肝静脈が広がって循環血液量が増加した証左に違いない。

 針の穴を通すような手技だったのだろう。DSA画像を確認した三村医師は「ステントはベストな場所に入りましたよ」と満足げに説明してくれた。

 2月6日に退院。肝静脈のステントは初症例だったので、 肝胆膵 ( かんたんすい ) 外科、消化器内科と併せてIVR外来にも通い、予後は慎重に診ていただいている。

 血液は血管内にあっても、異物に接すれば固まろうとする。ステントも異物であることに変わりない。術後は血栓ができたり、内側に新しい膜が生じて再狭窄してしまう内膜肥厚が心配だ。

 予防のため、現在もワーファリンとバイアスピリンを服用している。血液凝固の仕組みは複雑だが、肝臓でつくられるいくつかの凝固因子の合成にはビタミンKがかかわっている。ワーファリンの分子構造はビタミンKとよく似ていて、ビタミンKの働きを邪魔し、結果的に血液の「凝固」を抑制する。

 心筋 梗塞 ( こうそく ) などの治療でワーファリンを服用している方も多いと思うが、私たちは納豆を食べられない。納豆菌は腸内でビタミンKをつくり続け、ワーファリンの薬効を弱める。ゆえに、数々の健康増進作用が報告されている食品ではあるが、禁忌とされている。

 一方、バイアスピリンは傷口に血小板が集まってふさぐ「止血」を抑制する。両薬を併用するということは、けがや血管の病気で出血すると、血が止まりにくく、かつ固まりにくいということだ。

 定期的にCT(コンピューター断層撮影)検査を受けているが、ステントの開存は良好。今のところ、心配した再狭窄も起きていない。おかげで腹水の苦しみからはすっかり解放された。

 浮かれてはいられない。免疫抑制療法、抗凝固・抗血小板療法は、どれも体に本来備わっている防御機構を弱める治療なのだ。

 孫悟空の頭にはまっている輪っか( 緊箍児 ( きんこじ ) )なのかもしれない。自戒を忘れて不摂生をしたり、不注意で出血すれば、たちまち輪がきりきりと締め上がる。「移植の門」の修行は終わることがない。


メモ

 孫悟空 中国・明代の小説「西遊記」(全100話)では、三蔵法師のお供をして天竺(てんじく)へ冒険するキャラクターとして登場するが、もともと道教の神として信仰され、齊天大聖(せいてんたいせい)、孫行者とも呼ばれる。緊箍児(きんこじ)の箍は桶(おけ)の周囲にはめる「たが」のこと。敵方妖怪の中でも黒風怪が「禁箍児」を、紅孩児(こうがいじ)が「金箍児」をはめられ、改心している。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年06月14日 更新)

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