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第7部 あすへつなぐ (1) 共感 対話から生まれる信頼

岡山協立病院のメディエーション学習会。和田さん(右から2人目)は職員の意識の変化を感じている=5月14日、同病院

 「奥様はとても不安な思いをされたんですね」「医師の説明は分かりましたか」

 5月14日。岡山協立病院(岡山市中区赤坂本町)であった医療メディエーション(対話による関係調整)のロールプレイ(役割演技)。患者家族に、対話の橋渡しをする「医療メディエーター」(医療対話仲介者)が語りかけた。

 患者が内視鏡の処置後に 誤嚥 ( ごえん ) 性肺炎を発症したという想定。

 医師が処置の不手際を否定、「肺炎は合併症として起こり得る」と繰り返したのに対し、患者の妻役を演じた看護師は「医師の言葉は言い訳にしか聞こえなかった」。事務長の和田博知さん(52)が「メディエーターはもっと家族がどれだけ心を痛めているのかを受け止め、医師に伝えなければ」と総括した。

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 2006年から医療メディエーションを導入している同病院。その責任者である和田さんは現場に出向く際、常に「黒子に徹して双方を支援する」との思いを強く意識する。その大切さを再確認した一つの経験がある。

 「病院の対応に納得できない」

 06年11月。肺炎で入院した森野卓さん(81)=仮名=が激しく責め立てた。前日に外来で経鼻内視鏡による胃がん検診を受診したが、夜になって発熱、入院したのだった。

 鼻から麻酔薬を入れた際、気管に流入して激しくむせた。だが、周囲には誰もおらず、看護師が気付いたのは数分後。処置の遅れが肺炎につながったとの不信感が募っていた。

 和田さんは「何度でも話し合いの場を設けます」と約束。すぐに看護師と内視鏡を担当した医師に連絡し、病院側の事情も聴いた。

 「3者面談」では医師が内視鏡の検査態勢が不十分だった点を謝罪したが、納得は得られなかった。

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 退院後も面談を重ねるうち、森野さんが幼いころ事故で左肺の機能を失っていたことが分かった。森野さんにとって肺炎は「命にかかわる」病気であり、それが強い怒りの背景にあったのだ。

 病院側も看護師の検診時の態勢を見直すなど改善策を示した。話し合い開始から約3カ月後。「ここまで対応してもらい、もう言うことはないです」。森野さんは感謝しながら告げた。

 「患者の声に耳を傾け、最後まで意を尽くして向き合うことが大切」と和田さん。同病院がこれまでに行った3者面談を伴う医療メディエーションは38件。物別れに終わったり、訴訟になったケースはない。

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 和田さんが患者の苦情対応をするようになったのは03年7月。当初は患者や家族に直接怒りをぶつけられると、どうしていいか途方にくれた。

 何とか切り抜ける方法を学ぼうと、研修会に参加し、本を読みあさった。でも、常に違和感があった。

 「病院に非があるかないかだけで判断してもいいのか。逃げているだけではないか」。悩んでいたころ、出合ったのがメディエーションだ。

 日本医療メディエーター協会代表理事の和田仁孝・早稲田大大学院教授は「メディエーションは単なるクレーム処理や訴訟回避の手段ではない。対話によって信頼を紡ぎ、お互いが納得できる道筋を導き出すプロセス」と強調する。

 同病院では導入後、苦情を受けた当事者の医師や看護師から、「患者の訴えの背景に何があるのかを考えるようになった」との声が出るようになった。

 和田さんはこう実感している。

 「患者や家族に共感し、心の奥にある思いをくみ取るのがメディエーション。一人一人が現場で実践してくれれば、医療への信頼はより高まるはずだ」

     ◇

 医療不信を解消し、患者とのよりよい関係づくりへの模索が続いている。あすへつなぐ医療の「かたち」を追う。


ズーム

 医療メディエーション 医療事故やトラブルなどの際、患者側と医療側が向き合う場を設け、信頼関係の再構築を促す手法。中心的な役割を果たすのが医療メディエーター。日本医療メディエーター協会が養成研修を受けた医療機関の職員を認定。現在、全国で871人(岡山13人、広島5人、香川1人)が認定されている。4月には同協会中国支部が岡山市で発足した。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年06月17日 更新)

タグ: 肺・気管

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