文字 

第7部 あすへつなぐ (2) ADR 訴訟でない解決目指す

岡山弁護士会が開いた模擬医療仲裁。約2時間の話し合いで患者、医療機関双方が納得に近づいた=昨年6月

 「何が起こったのか、今でも本当に分からないんです」

 岡山市内の自宅で、上田道子さん(72)=仮名=が仏壇を前に声を振り絞る。

 夫を肺がんの治療中に亡くしたのは5年前。目を大きく開け苦しそうな表情だったのを鮮明に思い出す。「お父さん、お父さぁーん」。呼び掛けても反応はなかった。

 死因について、病院から明確な説明は聞けなかった。納得できない気持ちが続いた。1年後に連絡を取り、主治医から手紙が届いた。それでも疑問は解消しなかった。

 今年3月。岡山弁護士会の「医療仲裁センター岡山」に病院の説明、賠償金の請求などを申し立てた。

  ~

 上田さんが利用したのは、医療ADR(裁判外紛争解決)。訴訟をせず、弁護士や医師など第三者(仲裁人)の立ち会いで、患者側と医療者側が話し合いによる解決を目指す。

 2007年、東京の3弁護士会が全国に先駆けて設置。岡山は09年9月にできた。

 「ADRは患者、医療側の双方にメリットがある」。医療仲裁センター岡山の運営委員長を務める水田美由紀弁護士は言う。

 「裁判は白黒をはっきりつける場。対話の場ではないから、感情の対立がどうしても激化してしまう」

 かつて担当した医療過誤訴訟でも、家族を検査ミスで亡くした遺族が主治医の謝罪を強く求めた。それも手紙ではなく、直接会うことにこだわった。

 主治医は自分の言葉でわび、和解が成立。「両者がきちんと向き合うことが解決につながる」と感じた瞬間だった。

 水田弁護士は「真相究明や 真摯 ( しんし ) な謝罪を求める患者、遺族の気持ちにどう応えていけるかがかぎ」と話す。

  ~

 ただ、ADRによる話し合いはあくまで任意。双方が納得した上でテーブルに着くのが大前提だ。そこが裁判と最も違う点でもある。

 昨年9月以降、申し立ては10件。だが、実際に話し合いが開かれ、和解にこぎ着けたのは1件。6件は医療機関側が応じなかった。

 「(患者には)十分説明したし、病院に落ち度はない」。ある医療関係者は、出席しない理由をこう語る。

  ~

 08年に提訴された医療過誤訴訟は全国で870件。判決までは平均2年の月日がかかっている。

 「ADRは短期間での解決が期待でき医療者側の負担も軽くなる。何より、医学的にきちんと相手に説明したいというニーズもあるはず」と水田弁護士。

 医療仲裁センター岡山には現在、3人の専門医が医療仲裁人として登録。その1人、倉敷リハビリテーション病院(倉敷市笹沖)の浅利正二院長は「医療は患者と医療者との信頼関係の上に成り立つ。対話を重視し、お互いの納得を目指すADRは今の時代にこそ必要だ」と評価する。

 これまでも裁判所の求めで鑑定書を書いたり、参考人として法廷に立ち、厳しい対決の構図を見てきた。

 「訴訟では憎しみしか生まれない。両者ともに謙虚な気持ちで、同じ目線で話し合う。そうすれば信頼は取り戻せる」


ズーム

 医療ADR 弁護士会やNPO法人など、さまざまな運営形態がある。医療仲裁センター岡山では、患者、医療機関側のいずれからも申し立てができ、相手側が応諾すれば登録した弁護士を仲裁人に選任。当事者を交え2、3回程度話し合い、和解案を提示する。医療上の争点があれば事前登録した専門医を医療仲裁人や医療専門員に委嘱し、意見を求める。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年06月18日 更新)

タグ: 肺・気管

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ