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第7部 あすへつなぐ (6) 模擬患者 医療者の「本気」引き出す

神戸大の学生と医療面接をする患者役の前田さん。医師の卵たちにエールを送る

 「仕事で慣れないパソコンを使うせいか、先週から頭が割れるほど痛くて…。とても不安なんです」

 神戸市中央区の神戸大病院。患者役の前田純子さん(49)=岡山市北区東花尻=の真に迫る訴えに、同大医学部5年宮崎勇輔さん(25)は首をひねった。

 模擬患者(SP)を使った医師のコミュニケーション能力を高める「医療面接」の実習。宮崎さんは仕事の変化による眼精疲労やストレス性の頭痛を疑いながら、患者の強い不安の背景をつかみかねた。

 「友人が最近、くも膜下出血で死んだ」ことからの不安だったが、「話そうと思った時に(宮崎さんが)検査の話に移ったから言いそびれた」と前田さん。

 実習では、4人のSPが7人の医学生と面接。終了後、宮崎さんは「相手の言葉を待つことも大切なんですね」と納得していた。

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 前田さんはNPO法人響き合いネットワーク・岡山SP研究会(23人)の代表。同大のほか、岡山大や川崎医科大、広島大など約20の大学、医療機関の実習や研修に協力している。国内では草分けのSPだ。

 1988年、通院していた川崎医科大付属病院(倉敷市松島)で主治医から大学での演劇経験を買われて始めた。98年には研究会を、2001年にSP養成講座を立ち上げた。

 当初、一部の病院での反応は冷ややかだった。「茶番劇」と言われたこともあった。

 理解が一気に広がったのは、05年度に全国の医学部で臨床実習前の実技試験が始まり、SPとの医療面接が必須となってからだ。

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 「患者とどう信頼関係を築くかといった視点が、日本の医学教育には欠けていた」

 かつて川崎医科大で前田さんらの協力を得て、学生や若手医師へのコミュニケーション教育を進めた伴信太郎名古屋大教授は指摘する。

 「医師は『問診』で病状を『聞く』だけではだめ。患者が安心して話ができる雰囲気をいかにつくるかという技術も必要だ。それがよりよい治療につながる」と伴教授。

 本物の患者になりきるため、SPの役作りは深い。病状の背景にある仕事の忙しさや 姑 ( しゅうとめ ) との関係、遺伝性の病気への心配など、心の状態を事前に何層もイメージする。

 「それを(医師が)聞き出すやり方に正解はない」と前田さん。「口べたでも実直さが伝われば、安心感が生まれるでしょう」

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 岡山県奈義町にある奈義ファミリークリニック。地域に根ざした診療科の枠を超える「家庭医」育成を目指し、年2回、岡山SP研究会を招いて医師や看護師、職員への研修会を行っている。

 「SPを相手にすることで、実際の自分の診療を客観的に振り返ることができる。以前より患者との会話に厚みが増して、いろいろな不安を聞き出せるようになった」と木島 庸 ( つね ) 貴 ( たか ) 医師(29)。

 前田さんたちは20日、東京、大分、長崎、山形など連携するSP6団体で連絡協議会を結成した。将来の資格認定も視野に入れる。

 「私たちの役目は医療者が患者に向かい合う際の『本気』を引き出すこと。そのためにも、レベルアップが欠かせない」

 病ではなく、人を診る―。その手助けへ、決意を新たにしている。


ズーム

 模擬患者(SP=Simulated Patient) 米国で1960年代に神経内科医が活用したのが始まり。岐阜大の藤崎和彦教授によると、SPはここ10年で10倍近くの約140グループ、1200人に増加。実技試験のため各大学で養成しているものも多いという。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年06月23日 更新)

タグ: 医療・話題

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