文字 

第7部 あすへつなぐ (8) 心のケア あと半歩 患者に近づく

学生に講義をする内富教授(右端)。若い世代への教育が医療を変える大きな原動力になると思っている

 患者は「不安」を抱え生きている。がんの場合はなおさらだ。告知、余命宣告、再発の恐れ…。人生を大きく狂わせる事態が、いつ来るとも分からない。

 「頑張れ、なんてとても言えない」。金田病院(真庭市西原)の三村卓司副院長(50)は言う。

 「患者はずっとフルマラソンを走っているのと同じ。僕ら医師に必要なのは、患者の気持ちを理解し、優しさを持って接すること」

 半年前に出会った女性は40代で末期がんだった。病室で医師や看護師にも本音を見せず、壁をつくっているように感じた。

 「つらいよね」

 女性が変わったのは、三村副院長がそう問い掛けた時だ。小学生の幼い子どもを後に残す不安。友人に弱った姿を見せたくないとの思い。抑えていた気持ちが一気に言葉になってあふれ出た。

 まだ子どもに、病気のことをきちんと伝えられずにいた。この日を境に、女性は自分を冷静に見詰め始め、数カ月後に亡くなった。

  ~

 「つらいことを(こちらも)分かっていると伝えるだけで、患者は救われた気持ちになり、苦しみは癒える」。岡山大大学院の内富庸介教授(51)は指摘する。

 「サイコオンコロジー(精神 腫瘍 ( しゅよう ) 学)」が専門。がん患者や家族のQOL(生活の質)向上を研究する、国内でまだ新しい分野だ。

 患者の気持ちに配慮しながら、余命や治療の中断といった「悪い知らせ」をどう伝えるか。内富教授はそのノウハウをまとめ、2005年に「SHARE(シェア)」というトレーニングプログラムを開発した。

 患者の目を見て、礼儀正しく話す▽患者を支える言葉を添える▽今後の治療や生活に関する情報を知らせる▽最後まで見捨てないことを伝える―などがポイント。

 このプログラムに基づき、日本サイコオンコロジー学会などはコミュニケーション技術研修会を開催、これまでに全国で約200人の医師が受講した。

 その一人の三村副院長は「残された時間をどう過ごしたいのか、家族は何を思っているのか。研修会では、医師は相手の気持ちをくみとったり、引き出す努力が求められていると強く感じた」と話す。

  ~

 SHAREのルーツは、内富教授が今年3月まで勤めた国立がんセンター東病院(千葉県柏市)にある。

 同病院は1992年の開院当初から、すべての患者にがんを告知している。当時、米国では主流だったが、国内はまだ賛否が割れていた。

 だが数年後、告知した患者の2割がうつになり、残りも心に大きなダメージを受けたことが分かった。医師が告知後に十分な心のケアを怠ったり、告知が事務的になっていたことが原因だった。

 内富教授らは99年、患者ら約600人にアンケート。患者としてどう伝えてほしいかを探り、SHAREにまとめていった。

 「温かい一言を添えるだけで、患者の受け止め方は大きく変わる。そうした心のケアが抜け落ちていた」と内富教授。「でも、それは医師が最も苦手とする部分なんです」

  ~

 今月21日。岡山大鹿田キャンパス(岡山市北区鹿田町)。医学部5年生を前に、内富教授の講義が始まった。

 「インフォームドコンセントは十分な説明と同意という意味がある。でもその間に、患者と医師の『情』、気持ちをぜひ加えてほしい」

 次代を担う医学生に思いを託したい―。将来はカリキュラムにSHAREを取り入れる計画だ。

 「もう半歩。あと少しでいいから、医師は患者に歩み寄ってほしい。そうすれば、思いの『ずれ』は必ず埋められる」

 シリーズ終わり
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年06月27日 更新)

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ