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54 マスカットの会 悲喜共有目指し始動

設立の会には岡山大病院肝移植チームのチーフ八木孝仁医師も駆けつけ、大勢のドナーやレシピエントを勇気づけてくださった=今年2月7日

 チャリティーコンサートで体験発表してくれた阿部磨呂君は、移植手術後、肝臓は順調に回復したのだが、視力が著しく低下してしまった。原因は今もはっきりしない。

 手を取って助けてくれるクラスメートに励まされ、今年3月、岡山市立岡山中央小を無事卒業した。友達とは別の道になったけれど、県立岡山盲学校(岡山市中区原尾島)に進学し、全国盲学校野球大会へ向け、一生懸命練習している。

 移植をすれば完全に元気になれると望みをかけ、つらい術後の試練に耐えても、なかなか願い通りにはいかない。予期しない新たな障害を抱え込んでしまうこともある。

 私自身、背中から足先まで常時しびれている。死に神からは解放されたかもしれないが、別の疫病神に取りつかれてしまっている。

 ドナーの話をうかがっていると、何年たってもひきつれが気になったり、下痢や便秘を訴えたりする方が少なくない。レシピエントにとって、自分の体よりも、ドナーの体調はもっと心配だ。

 この欄で長々と体験を書きつづっているが、なかなか実感していただくのは難しいと思う。けれど、同じ体験をした者同士なら、すぐに話が通じる。痛い、苦しい、つらいことがあれば共に涙し、危機を乗り越え、うれしいことがあれば共に祝うことができる。

 「共に喜ぶのは2倍の喜び、共に悲しむのは半分の悲しみ」

 アルフォンス・デーケン先生(上智大名誉教授)が講演で必ず取り上げるドイツのことわざがある(連載第12回参照)。患者会を立ち上げた目的は、この言葉の分かち合いにほかならない。

 岡山大病院で生体肝移植を受けたレシピエントの方を中心に呼びかけ、今年2月7日、岡山市内で「岡山肝移植交友会」の設立会を開いた。岡山県内はもちろん、山口、島根、鳥取、広島、兵庫、香川、高知などの各県から80人もの方々に集まっていただいた。

 八木孝仁先生、貞森裕先生をはじめ、移植手術に携わる 肝胆膵 ( かんたんすい ) 外科のドクターにごあいさつをいただき、参加者が互いに自己紹介した。病歴、手術後の経過、家族のこと…何のアトラクションも用意せず、飲み物だけでひたすら語り合った。

 多くのドナーやレシピエントは初対面だった。同時期に手術した患者以外と知り合う機会はあまりない。こんなに大勢の仲間がいるとは思わなかった―という声が相次いだ。

 私たちが集っても、新しい治療法を開発したり、経済的負担を軽減したりできるわけではない。ただ、つかの間でも「自分は一人ではない」と感じていただけたら本望である。

 会の愛称を募り、一番多かった「マスカットの会」に決まった。忙しさにかまけて会報の編集が遅れてしまったが、間もなく創刊号をお届けできそうだ。

 チャリティーコンサートの寄付金30万円をお預かりしている。貴重な善意を生かし、マスカットの房に連なるエメラルドの粒が一つずつ増えていくよう、微力を尽くしたい。


メモ

 マスカット マスカット種の中でも「マスカット・オブ・アレキサンドリア」は1886年、岡山市北区栢谷で日本初のガラス温室栽培に成功した。現在も岡山県が1630トン(2007年)を生産し、全国の9割以上を占める主産地になっている。ムスク(ジャコウ)の特徴的な香りで古代エジプト時代から愛好され、岡山では「アレキ」と通称される。交配を重ね、ネオマスカットなどさまざまな派生品種が開発されている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年07月19日 更新)

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