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(1)心臓弁膜症の外科手術 心臓病センター榊原病院心臓血管外科部長 都津川敏範

都津川敏範氏

 心臓は全身に血液を送るポンプの役割をしていて、心臓の中の「弁」によって血液が一方向に流れます。心臓弁膜症とは、この弁に障害が起こった状態です。弁がうまく閉じずに血液が逆流する「閉鎖不全症」、弁が硬くなって開きが悪くなる「狭窄(きょうさく)症」の二つの病態があります。心臓には四つの弁がありますが、成人の場合は「僧帽弁」と「大動脈弁」の障害が主な治療対象です。近年は心臓弁膜症に対するカテーテル治療も増加していますが、安全性、確実性の面から、やはり外科手術が第一選択とされています。

 外科手術では胸の真ん中の胸骨を切開して行う開胸手術(胸骨正中切開)が基本です。いろんな状況に対応可能で、ほぼ全ての心臓手術を行えるからです。しかし、「胸骨切開=骨折」であり、切開した胸骨が癒合するまでは上半身の動きが制限されてしまいます。岡山のような地方都市では、車をしばらく運転できない、農作業で重いものを持てないなどのデメリットがあります。また、高齢者では術後の体力低下のため、リハビリに時間がかかります。このような開胸手術の欠点を克服できるのが「低侵襲心臓手術」です。英語の略語から、最近は「MICS(ミックス)」と呼ばれています。この手術は肋骨(ろっこつ)と肋骨の間(肋間(ろっかん))を小さく切開して行うもので、当院では全国に先駆けて2005年にMICSを開始しました。

 MICSでは胸骨を切らないため、出血が少なく、細菌感染のリスクも激減します。また、胸骨を切らないため術後の運動制限がなく、早期に車の運転も可能になるなど、社会復帰が早くなります。女性では、傷口が乳房に隠れるため、美容的にも非常に満足度の高い手術です。当院では20年12月までで通算1100例を超えるMICSを行っています。これは日本でもトップクラスの症例数です。

 利点の多いMICSですが、欠点も存在します。小切開手術なので手術難易度は格段に上がり、ささいなことが大きなトラブルにつながってしまいます。また、一般的には一つの弁だけの手術が基本で、複合手術は困難とされています。しかし、当院では10年以上の経験をもとに、安全に手術する方法を確立しました。複合手術に関しても、10年には日本で初めての大動脈弁と僧帽弁の同時手術を行い、現在では不整脈手術を併せて行うことも珍しくありません。

 MICSを行うためには動脈硬化が少ないなど、いくつかクリアする条件があります。心臓手術は安全第一ですので、厳密にMICSが可能かどうかを判断して、手術を受ける方にとってベストの手術方法を提示するよう心がけています。

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 心臓病センター榊原病院(086―225―7111)

 とつがわ・としのり 広大附属福山高、岡山大学医学部卒。尾道市立市民病院、岡山大学大学院を経て2003年から心臓病センター榊原病院勤務。08年より現職。心臓弁膜症の低侵襲手術を中心に担当。外科専門医・指導医、循環器専門医、心臓血管外科専門医・修練指導医。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年02月01日 更新)

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