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新型コロナ 岡山で患者初確認から1年 生活にどう影響?得られた教訓は

江澤和彦氏

藤田浩二氏

 新型コロナウイルスによる感染拡大は、世界保健機関(WHO)が昨年3月11日に「パンデミック」を表明して1年が過ぎた。国内の感染者はおよそ45万人。岡山県内では、初めて確認された同22日以降、2600人近くとなり、医療現場では今も救命活動が続いている。コロナ禍はわれわれの生活をどう変えたのか、得られた教訓は何なのか。日本医師会常任理事で、倉敷スイートホスピタル(倉敷市中庄)などを展開する医療法人「和香会」理事長の江澤和彦氏と、津山中央病院(津山市川崎)総合内科・感染症内科特任部長の藤田浩二医師に話を聞いた。

【特集サイト】コロナ禍 岡山1年の動き

日本医師会常任理事(介護保険・福祉など担当)
医療法人和香会(倉敷スイートホスピタルなど運営)理事長 江澤和彦氏
分断、差別もたらす


 ―今回のコロナ禍はわれわれの生活に多大な影響を与えました。どう評価していますか。

 現代のグローバル社会においては、世界各国の状況が映像で連日飛び込んできます。国内においても各地の詳細な事象が報道されました。当初、未知のウイルスに国民は恐怖を覚え、感染者や、新型コロナウイルスと戦っている医療従事者までもが誹謗(ひぼう)中傷の対象となりました。クラスターが発生した医療・介護施設、飲食店などの風評被害は後を絶たず、国内に無用の「分断」と「差別」をもたらしたのです。東日本大震災や豪雨災害などをともに支え合いながら乗り越えてきたわが日本において、です。分断、差別、誹謗中傷からは全く何も得られないことを認識し、相手の立場に立ち、想(おも)いやりの心をもって行動する共生社会の在り方をいま一度、真剣に考えるべきです。

 ■複雑な全身性疾患

 ―これまでに分かった、臨床面での新型コロナの特徴を教えてください。

 発症初期から肺炎が見られたり、血栓ができやすくなるなど血液凝固系に異常が起きている人が多い。インフルエンザのような単なる呼吸器疾患ではなく、複雑な全身性の疾患であるということです。多臓器に影響が及び、糖尿病や高血圧などの基礎疾患のある人、高齢者はリスクが高いと言えます。無症状者が多いのも特徴で、これが流行拡大の一因となりました。

 感染経路を見ると、その半分は潜伏期(発症前の2日間)の感染者から、もしくは感染しても症状が出ない、いわゆる無症状病原体保有者からの感染です。ウイルスは唾液に多く含まれていて、大声で会話したときなど口から出る飛沫(ひまつ)や、マイクロ飛沫によってエアロゾル感染を起こしやすいのです。自分が潜伏期にあるかもしれないことから、常時マスクを着用するユニバーサルマスキングという生活スタイルが提唱されています。

 ■介護現場に支援策を

 ―都市部を中心に各地で病床の逼迫(ひっぱく)が問題となりました。クラスターが発生した高齢者施設の感染患者が入院できないケースもありました。

 医療崩壊と介護崩壊は表裏一体です。介護施設で感染が広がるとメガクラスターになりやすく、病床が限られた状況下では医療崩壊につながりかねません。高齢の入所者は感染したら原則入院ですが、今回、やむを得ず入所を続けていただく場合は都道府県の「指示」という形にしてもらいました。なぜ「指示」なのか。介護施設の本来の役割ではないし、施設としても責任があるからです。少なくともSpO2(動脈血酸素飽和度)が94%以下になるような高齢者は介護施設にいるべきではありません。

 世界的に見れば、新型コロナによる死者の半数以上が介護施設の高齢者です。そういう意味では日本の介護現場は頑張っているのです。だから、介護報酬面も含め、現場を支援する対策を国と協議しています。

 ■患者・利用者の尊厳

 ―この現状を繰り返さないためには、どうしたらいいのでしょうか。

 今、国などに提案しているのは、高齢者施設と支援する医療機関のマッチングです。この施設で感染者が発生したらどの医療機関が迅速に支援に行くのかを医師会などの紹介で決めておき、平素から感染管理やゾーニングなどを訓練するのです。万一感染が発生したときは、専門医がすぐに駆けつけて拡大を防ぎます。普段からそういうシステムを作っておこうと言うものです。

 今回得た教訓を現場の業務に生かすことは当然ですし、医療・介護施設の運営には時代の変化に応じた「変革」が求められています。その一方で、患者・利用者の命と尊厳を守ることはコロナ禍であっても変わりません。コロナは高齢者であっても多くは治癒する感染症であり、要介護の高齢者や障害者であっても、本人が望む必要な医療を提供することは極めて大切だと考えます。

 えざわ・かずひこ 日本医科大学卒、岡山大学大学院医学研究科修了。同大学病院、倉敷広済病院を経て、1996年に医療法人「和香会」(倉敷市)、医療法人「博愛会」(山口県宇部市)理事長。2002年から社会福祉法人「優和会」(同)理事長兼務。18年から日本医師会常任理事(介護保険・福祉など担当)。日本慢性期医療協会常任理事、日本介護医療院協会副会長、全国老人保健施設協会常務理事、日本医療法人協会理事なども務める。

津山中央病院総合内科・感染症内科特任部長 藤田浩二医師
他人事と思わない


 ―津山中央病院は岡山県北で唯一の感染症指定医療機関です。新型コロナウイルスに対しては、いつから準備を始めていましたか。

 情報が入り始めてすぐ、昨年1月には取りかかりました。パンデミックが予想できたからです。WHOやCDC(米疾病対策センター)の論文を読み込み、ウイルスや疾患の特徴をまとめた資料を作って県北の約200の医療機関に送りました。

 情報が必要なのは医療機関だけではありません。2~3月には地域の学校や消防、警察、老人施設などを訪れてレクチャーしました。パンデミックの中では他人事でいられるのはひとりもいませんし、情報格差は混乱を生みます。問題なのは感情論があちこちで起きてアクションが乱れる人たちが大量に発生することです。感情の制御には知識の整理が必要なのです。

 ■ロックダウン

 ―秋になると岡山県北でも感染者が増え、10月には院内にクラスターが起きました。

 感染患者さんは4月上旬から受け入れていましたが、その頃は多くはありませんでした。9月に入って何かが始まっているような気がしていたら、10月中旬から一気に患者さんが増えました。地域でウイルスが蔓延(まんえん)している以上、どこの施設でクラスターが起きてもおかしくないとは思っていました。施設側だけの対策では限界があります。

 ―クラスター発生後、どのような処置を取ったのでしょうか。

 まずは陽性者とその接触者を全部洗い出してマッピングをし、確定できた感染エリアを囲い込みます。病棟を一つ閉鎖しました。いわゆるロックダウンです。初めの2~3日で囲い込みを終え、その後のプランを決定しました。2週間で事態はほぼ収まりましたが、もう2週間経過観察を続け、収束宣言を出したのは1カ月後でした(感染者は職員9人、患者15人)。

 ―他の診療への影響は。

 当院は救命救急センターを有する3次救急病院であり、緊急手術が必要な患者さんも多数受け入れています。ですからクラスターが発生した病棟以外の医療活動は一切止めませんでした。そのためのエリア決めです。動きを止めるべきレッドゾーンと、止めなくてもいいところを根拠を持って明確に線を引くため、何度も調べました。

 その間、地域でコロナに感染した重症の患者さんも受け入れました。県北で重症患者に対応できるのは当院のみです。通常の3次救急や手術もする中、看護師さんが普段の2倍、3倍も頑張ってくれました。

 ■次の新型コロナ

 ―1年を経て、得られた教訓を教えてください。

 まず、パンデミックという言葉の本当の意味を、みんなに分かってほしいし、分かってくれたと思います。感染が急激に、広範囲に広がりつつある段階では地域の拠点病院のベッドは一瞬で埋まります。コップの水があふれ出したら、もう止めようがありません。地域の医療機関はもちろん行政機関、住民が一体になって取り組まなければならないのです。何度も言いますが、パンデミックの下では他人事でいられるのは誰ひとりいないのです。

 コロナウイルスは20年前にSARS(重症急性呼吸器症候群)、10年前にMERS(中東呼吸器症候群)、そして今回です。次の新型コロナも必ずやってきます。今回の事態を振り返り、感情論ではなく何が必要なのかを論理的に考えて準備を進めておけば、再びパンデミックに遭遇したとしても取るべき行動指針は導き出されると思います。

 ふじた・こうじ 京都薬科大学薬学部薬学科、岡山大学医学部医学科卒業。亀田総合病院総合内科および感染症科を経て、2017年から津山中央病院総合内科・感染症内科。20年4月同科特任部長、感染制御管理責任者、卒後臨床研修センター長。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年03月17日 更新)

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