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大動脈弁狭窄症 透析患者にTAVI 心臓病センター榊原病院、倉敷中央病院

吉鷹秀範副院長

福康志・外来担当部長

 心臓病センター榊原病院(岡山市北区中井町)と倉敷中央病院(倉敷市美和)は、重い大動脈弁狭窄(きょうさく)症のある透析患者に対し、体への負担が小さい「TAVI」(経カテーテル的大動脈弁留置術)を行っている。心臓弁膜症の一つである大動脈弁狭窄症は透析患者に多く見られる合併症の一つ。治療は外科手術が基本とされるが、手術の負担に耐えきれないとして見送られる場合が少なくない。今年1月からは、それまで透析患者には認められていなかったTAVIの治療が選択肢に加わった。基準をクリアした施設でのみ行われ、岡山県内では両病院だけ。

 大動脈弁狭窄症は、全身に血液を送り出す心臓左心室の大動脈弁が石灰化して開きにくくなり、血流が妨げられて心臓の負担が大きくなる病気。狭窄の度合いが進むと胸の痛みや失神、息苦しさなどの症状が出るようになり、放置すると突然死の可能性もある。加齢などによる動脈硬化が主な原因だ。

 透析患者は国内に約34万人。同年代の健康な人に比べ動脈硬化の進行が早いとされ、心筋梗塞や大動脈弁狭窄症などの合併症が起きやすいという。

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 治療の基本は、傷んだ大動脈弁を人工弁に取り換える外科手術だ。ただ、胸骨を切って胸を大きく開き、人工心肺装置を使って心臓の動きをいったん止めるため、体への負担が大きい。透析患者は、透析をしていない患者と比べ術後の死亡率が高いとされ、年齢や全身状態によって手術に耐えられないと判断される場合があった。動脈硬化が進んでいるため技術的なリスクも高くなるという。

 全国腎臓病協議会の金子智事務局長は「手術による根本的な治療を諦め、薬による対症療法に頼って不安な日々を送る透析患者は少なくない」と話す。

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 一方、TAVIは太ももの付け根などから細い管(カテーテル)を血管内に挿入。小さく折りたたんだ人工弁を心臓まで運んで取り換える。人工心肺装置は使わず、傷もごく小さいので体への負担が軽いのがメリットだ。

 ただ、TAVIは国内では2013年に始まったばかり。当初、透析患者に対しては、人工弁の耐久性など安全性や有効性が示されていないとして対象外となっていた。その後研究が進んで21年1月、透析患者にも適応が拡大され、経カテーテル的心臓弁治療関連学会協議会が設けた基準をクリアした国内の26施設で治療が行われている。

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 榊原病院は2月4日、他院からの紹介で、1例目となる80代の女性患者に実施した。この女性については、19年にも大動脈弁狭窄症の治療依頼が同病院にあったが、当時はTAVIはできず、具合が悪くなったら入院してもらって管理していたという。今回は「心不全のため透析も難しくなった」との相談を1月に受けていた。経過は良好で、「術後に心臓の機能を示す数値が劇的に改善した」と吉鷹秀範副院長(心臓血管外科)は言う。

 倉敷中央病院は2月11日に70代女性に実施した。同病院循環器内科の福康志・外来担当部長は「一般的に、動脈硬化が進行している患者さんの場合は難易度が高くなるが、安全性を重視しながら着実に実績を重ねたい」と話す。

 榊原病院は3月末までに3例、倉敷中央病院は2例を施行。透析治療に携わる医療機関や患者からの問い合わせを複数受けているという。

 ただ、心臓の働きや栄養状態が極端に悪い場合や、血管と心臓弁の状態によってはTAVIもできない場合があるという。この点について、榊原病院、倉敷中央病院とも「目標は患者さんの救命や生活改善にある。状態を見極めながら、慎重に判断していきたい」と話している。

生命予後や生活改善
心臓病センター榊原病院の吉鷹秀範副院長(心臓血管外科)


 透析の患者さんは動脈硬化の進行が早く、高齢化もあって冠動脈疾患や弁膜症は今後も増えてくるでしょう。透析患者さんの大動脈弁狭窄症に対しては、これまで可能であれば開胸手術で対応してきましたが、社会復帰が難しくなるようなケースでは断念せざるを得ませんでした。今回のTAVIの適応拡大で透析患者さんの治療の選択肢は増え、実施できれば生命予後や日常生活の改善が図れます。これまで手術ができなかった患者さんにとっては大きな福音になるでしょう。

傷小さく感染症防ぐ
倉敷中央病院循環器内科の福康志・外来担当部長


 大動脈弁狭窄症は透析患者さんの生命予後を脅かす病気です。根本的な治療が難しかった透析患者さんにとって、TAVIによってその脅威を取り除くことができれば間違いなく生活の質は向上しますし、生命予後も改善します。局所麻酔でできますし、開胸手術に比べ傷が非常に小さく術後の感染症も防げるのもメリットです。特にTAVIの良いところは治療の翌日から動けるということでしょう。リハビリも効果的に行え、日常生活への復帰が早くなります。

メモ

 日本透析医学会の資料によると、国内の慢性透析患者数は年々増加し2019年末で約34万人。岡山県内は5336人。平均年齢は69歳で、70歳未満の患者が減っている一方、70歳以上が増えているため全体数を押し上げている。原疾患は糖尿性腎症が最も多く39.1%。次いで慢性糸球体腎炎、腎硬化症。19年には3万4642人の死亡が報告された。死因で最も多いのは「心不全」で22.7%。脳血管障害、心筋梗塞を加えた「心血管死」の割合は32.3%。

症例重ね有効性検証を

 日本腎臓学会の柏原直樹理事長(川崎医科大学副学長)の話 透析患者の大動脈弁狭窄症に対するTAVIの適応拡大は歓迎すべきこと。開胸手術は患者の負担が非常に大きくて難しかった。ただ、まだ始まったばかりなので慎重な、長期的な視点も必要だろう。今後、症例を重ねて安全性と有効性をさらに検証し、より多くの患者さんの治療に貢献してほしい。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年04月05日 更新)

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