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地域の救急医療充実を 連携推進法人立ち上げ 両理事長に聞く

榊原敬氏

滝澤貴昭氏

 心臓病センター榊原病院(岡山市北区中井町)を運営する「社会医療法人社団十全会」と、岡山東部脳神経外科病院(同牟佐)などを運営する「医療法人幸義会」は4月、岡山県内では初となる地域医療連携推進法人「岡山救急メディカルネットワーク」を立ち上げた。心臓・大血管疾患と脳神経疾患の専門病院が手を結び、高齢化によって患者が増えている脳卒中や急性心筋梗塞などの循環器病に対する救急医療の充実を図る。代表理事に就任した十全会の榊原敬理事長と、幸義会の滝澤貴昭理事長に話を聞いた。

心臓病センター榊原病院 十全会 榊原敬氏

 ―地域医療連携推進法人は時代の要請と言えるかもしれません。どのような医療を目指しますか。

 今後のさらなる高齢化や人口減少社会を背景に、地域の医療機関はさまざまな課題を抱えています。患者減少に伴う収益の悪化、医師や看護師不足などの問題に悩むところもあれば、岡山県南東部のように病床過剰地域でいかに機能分担や連携を進めるのかに主眼を置く地域もあります。

 一方で、高齢者は複数の病気を持つようになり、とりわけ脳卒中や心筋梗塞など動脈硬化による疾患の増加が問題になっています。ところが昨年からのコロナ禍によって、病客さまの間には受診を控えようとの意識が生じています。細かな検査や診察が先送りにされている現状を踏まえると、急病や症状の悪化に対応できる救急医療の充実が今、一番求められているのではないかと思っています。

 脳神経疾患は岡山東部脳神経外科病院が、心臓と大血管の疾患は当院が得意とするところです。この二つの分野は関連が深く、互いに補完し合える関係です。両者がうまく連携することで地域医療の効率化、基盤強化が図れると考えております。

 ―連携の動機はどういったところにあったのでしょうか。

 当院は心臓や大血管、末梢血管を含めて診療していますが、カテーテル治療をすれば血栓ができて脳の血管を詰まらせることがあります。生活習慣病が進めばあちこちの血管に問題が起きてくるでしょう。そう言った意味では、当院にとっても脳卒中にどう対応するかというのは大きな課題でした。

 ―具体的な連携の形は。

 当然のことながら病客さまの状態や疾患の内容によって必要な治療、医療設備は変わります。緊急の場合は病客さまを動かすことができるのか、医師が動いた方がいいのか、両病院とも専門医の集団ですから、そう言った判断は瞬時にできます。岡山東部脳神経外科病院とは距離的にも車で10分ほどと近く、医療スタッフや病客さまもすぐに行き来ができます。

 高齢者に多い不整脈に心房細動があり、これが起きると血栓ができやすくなって脳梗塞を起こす危険が高まります。血栓を起きにくくして脳梗塞を予防するウォッチマンというカテーテル治療がありますが、これを行う際は脳卒中の専門医のバックアップが必要なので、岡山東部脳神経外科病院にお願いしています。

 もちろん病院や診療科の垣根を越えた連携が前提で、連携推進法人としていかにスムーズなコミュニケーションを図り、機能的、機動的な動きにつなげることができるのかが鍵だと思っています。

 ―脳卒中や循環器病(急性心筋梗塞や大動脈解離など)はどれも一刻を争いますね。

 脳卒中・循環器病は75歳以上の後期高齢者の死亡原因のトップで、65歳以上の介護原因の第1位です。救命と寝たきり予防のためには最初の素早い対処がとても大事になります。

 一般的に血管が詰まった場合には6時間以内の血液の再灌流(かんりゅう)が必要となります。救急搬送や手術室の準備、検査などを考えれば無駄にできる時間はありません。ならば電話一本で話が通じて、双方が築き上げてきた高度な専門医療でバックアップし合える連携推進法人の形は、これからの救急医療の一つの方向性を示すものだと思っています。

岡山東部脳神経外科病院 幸義会 滝澤 貴昭氏

 ―脳卒中・循環器病対策基本法が2018年に成立し、国は動き始めています。現状を踏まえ、病院の今後の方向性を教えてください。

 脳梗塞や脳出血などの脳卒中、心筋梗塞や大動脈解離などの循環器病は急性発症や再発、悪化を繰り返しやすいため、患者さんの生活に大きな影響を与えます。国の基本計画を踏まえ、今後は各都道府県においても循環器病の予防、医療・福祉の提供体制の充実、研究推進までの幅広い総合的な対策が動き出すことになります。

 脳卒中・循環器病対策の入り口としては救急医療が重要となります。いずれの疾患も重症の場合は一刻を争います。適切な治療を早期に施すことができれば救命率は上がりますし、後遺症は少なくて済みます。寝たきりになる原因のトップは脳卒中です。脳卒中は認知症の原因ともなります。今回の榊原病院との連携で救急や、急性期にある患者さんに早い段階から良質の医療を提供し、健康寿命の延伸に貢献したいと考えています。

 ―病院は、これまでも脳卒中医療に力を発揮してきました。

 当院は1998年、岡山県南東部地域に脳神経疾患専門医療機関を開設し、以来、脳卒中救急や専門性の高い脳神経手術、早期リハビリテーションなどに重点を置いた医療を展開してきました。日本脳卒中学会が認定する一次脳卒中センターでもあり、24時間365日脳卒中の患者さんを受け入れ、専門医が診療を開始できる体制を整えた施設です。救急患者の受け入れは、夜間・休日も含めれば年間1500件ほどになります。

 38床の小さな病院ではありますが、それだけに小回りはききます。こと脳卒中は時間との勝負です。医師は脳神経外科、脳神経内科、麻酔科のベテランばかりで、看護師も含めその経験を生かしてスピーディーな医療を提供しています。

 ―患者にとって連携のメリットは何でしょうか。

 例えば、突然発症するくも膜下出血の患者さんで、頭が痛いとは言わず胸が苦しいと訴える人がいます。その場合、心臓の疾患を疑って脳疾患の可能性を見落としていると再出血を起こし、手遅れになる場合があります。脳疾患、心臓疾患の両方の視点が欠かせません。

 最近は医療技術、デバイス(医療機器)の進歩によって、心臓疾患でも患者負担の少ない低侵襲治療が多く行われています。しかし、対象の多くは高齢者なので、血栓が生じるなどして脳に合併症を起こすリスクはあります。そう言った場合に備え、両者が互いにバックアップし合う補完体制を日ごろから整えておくことが患者さんの安全・安心のためには重要です。

 昨年の話ですが、当院に脳梗塞の患者さんが救急で搬送され、われわれは点滴薬「tPA」による血栓溶解療法を開始しようと準備していました。他の疾患の有無を調べるためCTを撮ったところ、胸部の大動脈解離が生じていて脳疾患と大血管疾患の共同治療が必要になったのです。

 今回の地域医療連携推進法人の設立によって、地域社会が求めている脳神経疾患、心臓疾患、大血管疾患を包括した総合的な救急医療が提供できるようになると考えています。

 脳卒中・循環器病対策基本法 2018年に成立した。日本人の死因の中で、脳血管疾患と心疾患を合わせるとトップのがんに次いで2割強を占め、介護が必要となる大きな要因にもなっている。基本法は、両疾患の予防推進と、迅速かつ適切な治療体制の整備を図り、健康寿命の延伸と医療・介護費の軽減を目指す。国が策定した基本計画の全体目標では、循環器病の予防や正しい知識の普及啓発▽保健、医療および福祉にかかるサービスの提供体制の充実▽循環器病の研究推進―に取り組むことで、「2040年までに3年以上の健康寿命の延伸、年齢調整死亡率の減少を目指す」としている。

 地域医療連携推進法人 高齢化や人口減が進む中、医療機関の業務連携、機能分担を進めることで質の高い効率的な地域医療体制の構築を目指す。2017年から制度が始まった。医療機能の充実に加え、薬品の共同購入▽医療器具の共同利用▽医療従事者の人事交流や派遣―などでコスト削減や運営の効率化を図れるメリットがあるとされる。厚生労働省によると4月7日現在、全国で26法人が認定されている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年05月17日 更新)

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