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(3)認知症高齢者のワクチン接種

森脇正弁護士

小林龍平事務長

 一部患者の問題行動や医療事故など、病院内ではさまざまなトラブルが起きている。加えてコロナ禍によって現場の負担は増し、感染などをめぐって訴訟の提起も懸念されるようになった。病院が抱えるさまざまなトラブルにどう対処すればいいのか、医療現場の分かる弁護士が回答する。

<質問>

 新型コロナウイルスのワクチン接種は、本人の同意が前提となっています。しかし、認知症の高齢者の場合、意思確認が難しい場合が少なくありません。厚生労働省は、家族やかかりつけ医、高齢者施設の職員らの協力を得て、本人の意向をくみ取って意思確認を行う―としていますが、現場の事情を十分に理解しているとは思えません。意思確認があいまいなまま接種した場合、重大な副反応が起きれば責任の所在が問題になりかねません。接種をしなかった場合には、患者さんの命を守るという観点だけでなく、差別など社会的な面で患者さんご自身が不利益を被るかもしれません。院内感染の予防、医療崩壊を防ぐ、という観点からも問題があると考えます。どう対応すればよいでしょうか。

<回答>近親者の同意重要
岡山弁護士会 森脇正弁護士


 医師は、患者に医療行為を実施する場合、その内容、効果、危険性等を患者に説明し、患者から同意を得て医療行為を実施します。患者自身が医療行為を受けるか否かの選択(自己決定権)を患者自身の判断に委ねるという理念の現れです。患者の自己決定のためには、自由な意思決定能力が必要です。認知症患者がこの能力を欠いているか低下している場合は、その決定能力を補充する必要があります。

 厚労省は本年4月、コロナワクチン接種に関し「家族やかかりつけ医、高齢者施設の従事者など、日頃から身近で寄り添っている方々の協力を得て、本人の接種の意向を丁寧にくみ取ることなどにより意思確認を行う」ことを要請する通知を自治体に発出しています。しかし、最終的に本人の意思が確認できない場合は、身近な人が患者に代わって同意することにならざるを得ません。

 同意が重要なのは、患者に副反応が起きた場合の責任問題があるからです。医療行為に対する同意の効果は、同意をした患者(あるいは代諾者)が医療行為の全て、すなわち副反応等のマイナスの効果をも受け入れるということを含みます。ワクチン接種により患者に何らかの副反応が発生したとしても、その手続きや方法など接種自体に問題がない限り、医療従事者側は、そのこと自体の責任は負いません。不利益は患者自身が受け入れることになります。

 このように同意の効果の受け入れには厳しいものがあるため、医師の事前の説明が重要となりますし、患者にも真摯(しんし)な姿勢と理解、副反応をめぐる覚悟が求められます。

 一方、患者の意思が確認できず、患者に代わって同意できる身近な人も見当たらない時はどうなるのか。その場合、患者の「医療を受ける権利」が宙に浮いてしまいます。終末期医療においても同様のケースは考えられます。こうした状況に対処するため、倫理面も含めた議論が必要です。

 コロナ禍の弊害は可能な限り回避しなければなりません。医療機関は、その医療的、社会的意義を踏まえ、ワクチン接種を推進すべきですが、さまざまな課題があることも事実です。それに必要な体制整備が国に求められているのです。

【現場の視点】患者にとって最善の対応を
万成病院 小林龍平事務長


 当院には多くの認知症の患者さんが入院されています。厚生労働省の通知は、ワクチン接種に当たっては患者さん側としっかり話をした上で決めてほしい、との内容です。しかし、当然のことながら認知症が進んだ患者さんでは意思疎通自体が難しいのです。そういった患者さんの多くは体が弱っているため感染時の重症化の懸念は大きく、ワクチン接種の必要性も高いのですが、同意が前提ですから打てない場合が多いのです。万一の場合の訴訟リスクも念頭にはあります。

 意思確認ができない場合は、ご家族との話し合いが重要です。意思疎通がまだ十分にできていた段階で、患者さんご本人が感染症対策やワクチンに対してどのような考えを持っていたのかを聞き、「ワクチン接種は必要」といったような会話があったとすれば話を進めます。

 しかし、ご家族と連絡が取れない場合が少なくないのが現実です。ご本人への感染や院内感染のリスクを考えたとき、非常に悩ましいものがあります。

 患者さんは同意しているが、副反応などを懸念するご家族が反対しているケース、患者さんは拒否しているが、ご家族が接種を希望している場合もあります。どちらの場合も職員が関係者から十分に話を聞き、患者さんにとっての最善を考えながら対応しています。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年06月07日 更新)

タグ: 高齢者万成病院

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