文字 

(5)医療費の未払い

森脇正弁護士

岡山旭東病院事務部の木口智明次長

 一部患者の問題行動や医療事故など、病院内ではさまざまなトラブルが起きている。加えてコロナ禍によって現場の負担は増し、感染などをめぐって訴訟の提起も懸念されるようになった。病院が抱えるさまざまなトラブルにどう対処すればいいのか、医療現場の分かる弁護士が回答する。

<質問>

 当院では医療費の未払いが毎年数百万円発生しています。急な入院などで思わぬ出費となり、支払う意思はあるが生活困窮のため難しいとおっしゃる患者さんには、当院としてもさまざまな相談に応じています。その一方で、支払いのないまま家族で通院を重ね、催促をすると、その場逃れの言い訳をしたり、診療内容にクレームを付けて支払いを拒否するようなケースもあります。

 昨年はコロナ禍による受診抑制や、院内の感染予防対策もあって大きな赤字が出ました。今年に入っても感染拡大に収束の兆しは見えず、患者さんは十分に戻ってきたとは言えません。厳しい経営が続いています。医師法が定める「応招義務」もあり、支払い能力がないから診療できないとは言えません。かといって、この状態が続くと病院の運営に支障が出かねません。どのように対応していけば良いのでしょうか。

<回答>医療の原則は有償契約
岡山弁護士会 森脇正弁護士


 患者からの医療費未払い案件が継続的に増加しています。

 医療費は、患者が医療機関から受けた医療行為の対価として支払うものです。医療契約は本来、有償契約の性質を持っています。

 医療以外では、消費者は自分の懐具合と相談して必要な物を購買しますが、医療は命に関わる場合もあり、必ずしも懐具合で医療機関の受診を決めるわけではありません。医療側としても、支払い能力の有無で患者を選別したり、診療を拒否することはできません。

 診療報酬不払いの背景にはさまざまな事情がありますが、この問題を放置しておくと、医療機関はその大きな収入源を診療報酬に求めているわけですから、場合によっては経営に影響を与えかねません。

 医療機関はさまざまな方法で診療報酬の回収に努めてきましたが、その活動にも限度がありました。苦肉の策として未払い患者を「診療しない」、すなわち応招義務の拒否も検討しましたが、これは従前から否定的に考えられてきました。

 しかし、厚生労働省は2019年12月、応招義務に関する通知を発出しました。それによりますと、医療費不払いのみをもって診療しないことは正当化されない―とする一方で、「支払能力があるにもかかわらず悪意を持ってあえて支払わない場合」は診療しないことが正当化されるとしました。また、「特段の理由なく保険診療において未払いが重なっている場合」は、悪意があると推定される場合もあるとしています。

 診療報酬の不払いと医師の応招義務はさまざまな場面で接点があり、ご質問のような不都合も多々起きています。医療機関も患者もあらためて、「医療は基本的には有償契約である」との原則を再認識すべきではないでしょうか。

【現場の視点】患者とともに解決策探る
岡山旭東病院事務部 木口智明次長


 当院も毎月未収金が発生しています。全国の多くの病院で問題となっていますが、当院でも放置できないのが現状です。

 さまざまなケースがあり、当院では患者さんの社会的背景を考慮して対応しています。支払う意思がないケースばかりではなく、受診時に少しずつ支払ってはいただいていますが、入退院を繰り返しているため雪だるま式に未収金が増え続けている場合もあります。また、認知機能が低下していて患者さんご本人に未払いの意識がなく、家族も支払いに応じてくれない場合もあります。

 未収金が起きた際は、電話や書面での催促などを行い、最終的には弁護士に回収を依頼しています。

 ただ、当院は回収よりも、未収金を発生させない取り組みが重要だと考えております。未収金は病院全体の問題と捉え、医師や看護師らが患者さんと接する中で、生活困窮や経済的な課題の可能性があると判断すれば、医療福祉相談窓口である医療ソーシャルワーカーへ相談を引き継ぎ、根本的な生活課題への対応や、患者さんの負担を軽減する制度の活用可否を踏まえ、患者さんとともに問題の解決策を探ります。困ったときは相談をいただければと思います。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年08月18日 更新)

タグ: 岡山旭東病院

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ