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救急医療支える「ドクターカー」 岡山県北、現場でいち早く治療 

津山圏域消防組合消防本部内にある消防指令センター。119番の内容に応じて、ドクターカーの出動要請を出す

前山博輝医師

 重症患者の命を1人でも多く救おうと、岡山県北唯一の救命救急センターを擁する津山中央病院(津山市川崎)と津山圏域消防組合(同市林田)は協力して、医師を救急現場に運ぶドクターカーを運用している。急性心筋梗塞や脳卒中、重症外傷などの治療は時間との闘いだが、津山圏域は広く、通常の救急車による患者搬送では病院到着まで時間がかかる。ドクターカーなら現地でいち早く治療を始め、救命救急センターは患者の受け入れ準備を整える。県内で、ほぼ日常的に救急ドクターカーが稼働しているのは津山圏域だけ。

 ドクターカーには、医療機器を搭載して患者搬送ができる救急車タイプと、患者搬送の機能はなく医師や看護師を現場へと運ぶ乗用車タイプがある。

 津山圏域では消防組合が所有する乗用車タイプを使用。出動要請が入れば、津山中央病院の救命救急センターで研修業務に従事している消防組合の救急救命士がドクターカーを運転し、医師や看護師、必要な医療資機材を乗せて出動する。

救急車と合流

 出動に当たってはキーワード方式を採用している。119番通報の内容に、交通事故で「車が横転」「車外に人が投げ出された」、急病では「吐き気を伴う激しい頭痛」「ショック症状」といった重症の兆候を示すキーワードがあれば、現場近くの消防署、出張所などの救急車と同時にドクターカーも出動する。2020年は7095件あった救急出動のうちドクターカーも出動したのは178件だった。

 多くの場合、現場には救急車が先に到着する。患者を収容した救急車は、あらかじめ決めてあるドッキングポイントでドクターカーと合流。医師は救急車に乗り込み、治療を開始する。ドッキングポイントはコンビニエンスストアやスーパー、公共施設などで圏域内に159カ所ある。

年185日稼働

 ドクターカーの運用が始まったのは2004年6月から。当初は津山中央病院の医師や看護師が中央消防署(津山市林田)に週に1日だけ待機し、出動する試験的な運用だった。05年9月からは病院に待機する救命救急士が医師を乗せて出動する今のスタイルになり、運用日数も次第に拡大させて14年4月からは週5日、月曜日から金曜日までの午前8時半から午後5時すぎまで行うようになった。

 ただ、稼働できるのは年間52週のうち37週185日間だけ。年度替わりや年末年始などには空白が生じる。消防組合によると、現在の救急救命士の人員でローテーションを組むと「他の業務との兼ね合いもあって年間37週が精いっぱい」と言う。

意義大きく

 1市5町でつくる津山圏域の面積は岡山県全体のほぼ2割を占め、人口は約15万人。高齢化率は30%を超えている。津山圏域消防組合消防本部警防課の河本陸宏参事は「救急業務の目的は救命第一。津山圏域は管内が広く、高齢者も多いため救急医療のニーズは高い。課題はあるが、ドクターカーを運行する意義は大きい」と強調。津山中央病院救命救急センター長の前山博輝医師は「今後は休日や夜間でも稼働できるようなシステムを構築する必要がある」と話している。

エリア拡大、常設化目指す
津山中央病院救命救急センター長 前山博輝医師に聞く

 津山中央病院の前山博輝医師にドクターカーの現状と課題を話してもらった。



 当院は岡山県北と兵庫県佐用町をカバーしています。面積が広くて山道が多く、救急搬送には時間がかかり、1時間を超えることも少なくありません。高齢化が進んでいますが県南部に比べ救急病院は少なく、重篤な患者に対応できる3次救急の救命救急センターは当院だけです。いかに早く患者さんに接し、適切な診断をして、必要な医療を提供できるかを考えればドクターカー、ドクターヘリの活用は欠かせません。

空振りも

 ドクターカー出動の基準を定めたキーワード方式は2020年4月から採用しました。交通事故で「車体が大きく変形」「歩行者がはねられた」など50項目近いキーワードがあり、その言葉が通報内容に含まれていたら自動的にドクターカーの出動となります。

 また、エリア分けもしていて、当院からドクターカーが出動するよりも、川崎医科大学附属病院(倉敷市松島)からドクターヘリに来てもらった方が早い地域は、ドクターヘリに出動要請がかかります。

 通報段階で出動を判断するキーワード方式は、当然のことながら空振りが生じます。先に到着した救急隊員が患者に接触したら、実は軽症だったという場合もあり、ドクターカーが途中で引き返すケースは全体の3割強を占めます。われわれの負担とはなりますが、患者さんにとっての不利益は何もありません。それで良いと考えています。この状況は、ドクターカーを運用する他の医療機関でも同様です。

病院に準備要請

 ドクターカーは、いち早く患者さんと接触できますが、現場での治療は限られます。患者さんの予後を決めるのは手術など病院内での治療です。だから現場では応急的な処置で状態の悪化を防ぎ、的確に診断して病院に必要な指示を出し、手術、カテーテルなど根本的な治療が到着後すぐにできる体制を整えてもらいます。

 今年2月にはこんな事例がありました。50代の男性で、胸が強く痛んで意識が薄れているという通報で、すぐに駆け付けると心筋梗塞でした。薬剤投与などをする一方、病院にはカテーテル治療の準備を要請しました。心臓の血管に細い管を入れて血流を改善させる治療です。患者さんは病院到着後、いったん心臓が止まってしまいましたが、準備をしていたので素早く対応でき、その後は元気に退院されました。これが普通の救急車だったら病院に搬送し、それから診断して、治療の準備―とやっているうちに手遅れになっていたかもしれません。

地域格差を解消 

 課題はドクターカー運用のエリアと稼働日数の拡大です。現在は、津山圏域消防組合との連携で行っているので、組合の管轄から外れる美作市や真庭市などには出動できていません。また、年間の稼働日数は185日間に限られています。この二つの課題を乗り越えるため、さまざまな選択肢を検討しているところです。救命救急にドクターカーが有効なのは間違いありません。その常設化を目標に、地域格差の解消にも努めたいと考えています。

 これから地域の高齢化と人口減少、医療機関の集約化は一層進みます。救急医療に関して言えば、当院に重症の患者さんが集中する割合はさらに高まってくるでしょう。ならば当院が頑張らなくてはいけない。やる、やらないではなく、やるにはどうしたら良いのかという選択肢しか、地域の救急力の維持のためには残されていないと思います。

 まえやま・ひろき 岡山大学医学部卒業。ドクターヘリ出動件数日本一の公立豊岡病院但馬救命救急センター(兵庫県豊岡市)で、ドクターカーも含めて約8年救急集中治療の修練を積んだ。2020年4月より現職。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年09月06日 更新)

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