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(2)今そこにある危機 体の不具合、対応見極める

新庄村特産のひめのもちは、こんがり焼くと香ばしい

 夏の長雨の頃、午前中の半ば、高血圧の患者さんの診察もほぼ終了。

 すると壁の向こうの第二診察室から、押し殺したような女性の声が「痛っ、痛っ、痛~~い」と。言葉通りに奥歯をかみ締めて、声が漏れないようにと我慢をされている様子。

 のぞいてみると、患者さんの傍らでは、ご主人が心配そう。「今日はどうされたの? どこが痛いの?」と尋ねながら、ご主人から説明を聞きます。患者さんの全身の状態も観察していきます。「30分ほど前から急に痛がりだして。おなかです。右側の比較的上の方」

 奥さんはまさに苦悶(くもん)、息をするのも苦しそうな状態。痛みを我慢するために、息をこらえることのできるだけこらえた上で、また、息を吸って吐いてという間に、再び「痛っ、痛っ、痛~~い」と。

 血圧、脈拍、酸素飽和度などは問題は無さそうです。痛みの位置と激痛ということから、胆石なども十分に想定されるのですが、黄疸(おうだん)などもありません。恥ずかしながら超音波検査が得意なわけでもなく、診療所にCT装置はありません。

 自分がはっきりとした診断に至っていようがいまいが、今、患者さんに必要なことは画像検査をするとともに、どういった状態であれ、入院などで全身状態を観察・管理し、必要なら手術もできる施設に入れることと判断して、まずはアクセスの良い病院に紹介させてもらいました。

 その後、患者さんは絞扼性(こうやくせい)イレウス(腸管壁の血管が圧迫されて小腸が腐ったり腹膜炎が生じ、死につながることもある状態)の疑いで、緊急手術の可能な総合病院へすぐさま転院。手術の上、快方に向かわれたのでした。

 「危機」はいろいろなところに潜んでいて、時折顔を出します。年をとれば体のあちこちに不具合は出るものです。「おかしいな」と思ってはいるけれど、日々の生活に紛れて、何となく先送りをしたり、見てみないふりをしているうちに、取り返しの付かないことになっていた、というのはよくある話です。

 今回のように緊急対応が必要なケースだけでなく、設備の整った病院で詳しい検査をして、病気にきちんと向き合っていただくため調整したり、患者さんの後押しをしたりすることもあります。「今そこにある危機」の見極めは、村の診療所の重要な役割です。

 ひと月半後、ご夫婦は来院され、総合病院の執刀医から「最初の見立てが良かったので事なきを得た」と伝えられたと話してくださいました。緊急性を判断しただけで面はゆいこと極まりなかったのですが、「大事に至らなくって良かったね」ということで、通常の診療に入りました。

 この頃には、村の田んぼは稲刈りが半分以上終わっていました。その過半数は名産「ひめのもち」用の餅米とのことです。

 「村の診療所日誌」の初回が掲載された後、村長さんが村の新製品「みえっ張り苺(いちご)」を持って診療所に来られました。ひめのもちを使ったイチゴ味の大福です。これがまた絶品でした。村の午後の、心安まるひとときです。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年10月18日 更新)

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