文字 

第6回「心不全」

上村史朗教授

根石陽二准教授

 心不全の患者が増えている。背景には高齢化があり、心不全はあらゆる循環器疾患の終末像とも表現される。その原因は心筋梗塞や高血圧などさまざまだ。いったん心不全になると元の状態に回復することは難しく、悪化を繰り返しながら徐々に病気は進行する。だから、予防と再発防止が元気に長生きするためのキーポイントだ。川崎学園特別講義の第6回は、心不全の全体像と治療法などについて、川崎医科大学循環器内科学の上村史朗教授、根石陽二准教授に解説してもらった。

「心不全とは」 川崎医科大学循環器内科学 上村史朗教授

 心臓は1日約10万回休むことなく拍動して、全身に血液を送る内臓です。そのポンプ機能が低下するのが「心不全」です。日本循環器学会は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」と定義しています。

 一度心不全になってしまうと、元の元気な心臓に戻すことは、まずできません。次第に悪化していく病気ですから、適切な治療を施さないと命に関わります。

 ■原因はいろいろ

 心不全の原因は動脈硬化による狭心症や心筋梗塞などの冠動脈疾患(虚血性心疾患)、弁膜症などさまざまです。

 心不全になると坂道や階段で息切れがしたり疲れやすくなったり、足がむくんだり顔が腫れぼったくなったりします。ただ、他の病気でも起こりえる症状なので、心不全とは思わず見過ごされがちです。

 比較的簡単に、しかも正確に心臓の状態が分かる検査として、血液中のBNPというホルモンの濃度を調べる方法があります。心臓は、負担がかかるとBNPを多く分泌し、尿によって体内の水分を減らして負担を軽くしようとします。つまり、血液中のBNP濃度が高いと、心臓に負担がかかっている、疲れていると言うことになります。

 ■パンデミック

 現在、心不全の患者さんは100万人以上いると言われます。社会の高齢化に伴い患者さんは今後も増え続けるでしょう。

 というのも、がんの患者さんのピークは60~70代です。心不全など循環器系の疾患は60歳くらいから増え始め、70歳を超えると、がんよりも循環器疾患の方が患者数も死亡者数も多くなります。高齢化が進むと、より心臓の病気が増え、社会的な影響も増します。病院は入院治療が必要な患者さんであふれてしまう可能性も指摘されていて、これを「心不全パンデミック」と呼んでいます。

 このため2018年には循環器病対策基本法が公布され、国や都道府県が具体的な計画づくりに取り組んでいるところです。

 ■生活習慣の積み重ね

 多くの心臓病は無症状に進行し、発症するまで分からないケースがほとんどです。例えば心筋梗塞は、ある日突然に強い胸痛に襲われ救急搬送となりますが、その原因となる動脈硬化は20~30年も前から静かに進んでいるのです。

 つまり、病気の出発点は発症した時点ではなく、20年以上前からの生活習慣の積み重ねにあります。「無症状の期間も実は病気なのかもしれない」。そういう風に考えを改めないと心不全には対応できません。

 気を付けるべきことは高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、肥満、運動不足―といろいろあります。こうした病気がある場合は適切な治療が必要です。

 加えて、何といっても継続的な運動が大切です。それともう一つ、不飽和脂肪酸を摂取すること。牛肉や豚肉の常温で固まるような脂ではなく、魚やオリーブオイルに含まれる油です。

「治療法」川崎医科大学循環器内科学 根石陽二准教授

 心不全を発症した場合、治療の基本は生活習慣の改善と薬の服用です。

 心不全の薬は、主に四つのタイプに分けられます。

 (1)心臓を保護する薬

 (2)心臓を休ませる薬

 (3)心臓を楽にする薬

 (4)心臓を力づける薬

 ■症状、QOLを改善

 心臓を保護する薬にはACE阻害薬、ARB、アルドステロン拮抗(きっこう)薬などがあり、初期の段階から使います。血圧を下げ、心不全の進行を遅らせて心臓を保護します。アルドステロン拮抗薬は心臓の肥大に関わるホルモンの働きを抑えて心筋の繊維化を防ぎます。

 心臓を休ませる薬にはβ(ベータ)遮断薬があり、少量から始めて徐々に増やしていくと心臓の働きが良くなっていきます。

 この二つのタイプは、心不全の症状を改善する薬と言えます。

 心臓を楽にする薬は利尿薬で、むくみや息苦しさなどの症状を取り除きます。QOL(生活の質)の改善薬と言えます。

 心臓を力づける強心薬は心筋に作用して、血液を送り出すポンプ機能を強くします。

 ■新しい薬

 2019年以降、新しい機能を持った薬が次々承認され、治療の幅は広がっています。

 HCNチャネル遮断薬(イバブラジン)は心拍数を抑え、心臓の負担を軽くします。ポンプ機能が弱った心臓は、それを補おうと過度に働き、より機能悪化を招く傾向にあります。そこで心拍数を少し遅くして、その人の可能な範囲でしっかりと心臓の拡張・収縮ができるようにする薬です。

 アンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI)は、心臓を保護する作用と、血管拡張・利尿の作用を併せ持っています。これに切り替えて症状が改善した患者さんも多数います。

 SGLT2阻害薬は、もともと糖尿病の薬でしたが、心不全への効果も認められました。利尿作用があり、糖尿病の有無にかかわらず心不全リスクを抑制してくれます。

 ■塩分や体重に注意

 薬に加えて大切なのは日常生活をいかに送るかです。気を付けていただきたいのは次の5点です。

 (1)食塩の取り過ぎ

 (2)水分の過剰摂取

 (3)かぜなどの感染症

 (4)疲労感や息苦しさなど症状の悪化

 (5)薬の自己中断

 とりわけ気を付けたいのは「食塩」です。取り過ぎると血圧が上がって心臓に負担がかかります。1日6~7グラム以下を目安にしてください。

 水分の取り過ぎにも注意が必要です。体内の血液量が増え、心臓の負担が大きくなります。急な体重の増加は危険信号でもあります。毎日量って適正体重かどうかを確認してください。

 かぜなどの感染症は要警戒です。発熱をきっかけに心不全が悪くなることがあるため予防が大切です。

 疲労感や息苦しさは、肺に水がたまったりして起こる症状です。以前よりひどくなったと感じたらすぐ受診しましょう。

 そして、自己判断での薬の中断は決して行わないようにしてください。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年11月04日 更新)

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ