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(6)治療を拒否する患者

森脇正弁護士

丸山啓輔診療部長

 一部患者の問題行動や医療事故など、病院内ではさまざまなトラブルが起きている。加えてコロナ禍によって現場の負担は増し、感染などをめぐって訴訟の提起も懸念されるようになった。病院が抱えるさまざまなトラブルにどう対処すればいいのか、医療現場の分かる弁護士が回答する。

<質問>

 当院に入院している40代の女性患者のことで相談があります。摂食障害でアルコール依存、うつ病を併発しています。低血糖のため意識をなくし、当院に搬送されました。さまざまな事情を抱えていて、「このまま死にたい」と漏らし、経管栄養は拒否しています。腎機能障害も進行して末期腎不全の状態です。透析療法について説明すると、「そこまでして生きたくはない」と言われます。家族は母と妹がいて、母親は治療の継続を希望していますが、妹は姉に同情的です。どう対応すれば良いでしょうか。

<回答>「人生会議」で考える生と死
岡山弁護士会 森脇正弁護士

 医療機関は本来、治療を求める患者に対し、健康の回復を目標に適切な医療を提供する施設です。

 しかし、この患者は治療を拒否しています。医療機関としては患者の意に沿うように治療に何らかの制限を加えることも、場合によっては社会的に是認されることがあります。最終判断は、患者あるいは家族の意向を十分に聴取し、さまざまな選択肢を患者や家族と検討したうえで、多くは医療者に委ねられることになります。

 この患者は肉体的、精神的にさまざまな問題を抱えていますが、直ちに死に結びつくような緊急性を有しているとは思えません。しかし、末期腎不全の状態で透析療法を受けなければ早晩、死は免れません。

 患者の家族の意向は割れています。このような場合、医療者には患者側の意向をどの程度受け入れるのか、患者の抱えている諸条件を踏まえれば、どのような対応が患者の真の幸福となるのか、といった点に真剣な判断が求められます。

 このような事例にはACP(アドバンス・ケア・プランニング=人生会議)の活用が検討されるべきです。この種の問題に絶対的、唯一的な回答はないといえます。医療者が最終決定に関与する場合は、この患者の死への欲望が真意から出ているものなのか、これから迎えるかもしれない死のプロセスについてどの程度の理解を示しているのか、といった点も精度高く把握しておく必要があります。

 しかし患者の真意の内容を医療者がその通りに実行できるかどうかは法律問題もあり、別途検討する必要があります。結局はこの患者が適切な判断能力を有している限り、医療者としては患者の欲望を真剣に受け取り、死についての医療者の意見もきちんと伝えた上で、患者と共通の理解をもつことが望まれます。

 そのためには医療者自身も、生と死について哲学的レベルでその思想を鍛えておく必要があります。医療機関の職員は、言い知れぬ重荷を背負った患者の全体を、ときには引き受けざるを得ません。医療職への敬愛の念と同時に、限りない共感を覚えます。

【現場の視点】意思変わればいつでも対応
岡山済生会総合病院 丸山啓輔診療部長

 末期腎不全の治療には、血液透析、腹膜透析、腎移植に加え、透析療法を行わないで腎不全の症状緩和とQOL(生命の質・生活の質)向上を目的とした保存的腎臓療法があります。

 確かに透析は生活する上で大きな苦痛と制約を伴います。家族の支援も必要です。ただ、この患者さんはまだ若く、透析を含めた適切な治療を施せば、社会生活を営むことも可能でしょう。透析を行わなかった場合、保存的療法を施したとしても呼吸困難などで大きな苦しみに襲われ、最終的な死は避けられません。

 患者さんの意思は尊重されなければなりません。ただ、医療者の立場から言えば、透析をしたくない理由がわれわれの医療的な介入や各種社会制度の活用などで解決できるものならば、その努力は惜しみません。

 この患者さんの場合、うつ病があります。うつ病が重症化すると、希死念慮から透析を拒否することもあります。精神・心療科的治療によって状態が改善すれば、透析に対する意思が変化することもあり得ます。

 どの治療を選ぶとしても、そうした医学的な情報、患者・家族の価値観や希望なども含め、患者・家族と医療者が繰り返し話し合う「人生会議(ACP)」を通じて導き出された「共同意思決定」が必要です。最初はその決定が透析を選ばなかったとしても、患者さんの意思が変われば、いつでも対応は可能です。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年12月20日 更新)

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