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ロボット支援前立腺全摘除術 安全性高くがん治癒率向上に期待

泌尿器科部長
上原 慎也
1993年、岡山大学医学部卒。医学博士。シンガポール総合病院臨床留学。岡山大学病院講師、医局長などを経て2016年4月から川崎医科大学泌尿器科学准教授。2021年11月から同大学泌尿器科学教授。専門はロボット外科手術、尿路内視鏡手術、尿路感染症。

 川崎医科大学総合医療センター(岡山市北区中山下)泌尿器科部長で同大学泌尿器科学の上原慎也教授が「前立腺がんに対するロボット支援前立腺全摘除術について」と題して、手術支援ロボット「ダヴィンチ」による手術の特長や治療法などを詳しく解説する。

インタビュー動画

-手術用ロボットとは何ですか。

 人間が操作をするロボットで実際に手術を進めていく方式で、いわゆる「ラジコン」のようなイメージです。自動車の製造のように、ロボットが自動的に進めていくわけではありません。2000年頃に欧米で、前立腺がんに対する前立腺全摘除術を中心に発展してきました。日本では、2012年にロボット支援前立腺全摘除術が初めて公的医療保険の適応となり、現在では、従来腹腔鏡で行われてきた手術の多くが、ロボット支援手術として適応になっています。世界的にみると、2021年の1年間で、約150万件のロボット手術が行われており、今や珍しい術式ではありません。米国のインチュイティブサージカル社「ダヴィンチ サージカルシステム」が代表的で、世界で約6000台、日本で約400台が導入されています。最近では、川崎重工業株式会社とシスメックス株式会社によって設立されたメディカロイド社による、「hinotori」という手術用ロボットも発売されており、今後、国産のロボットが普及することが期待されています。

-ロボット手術の特長は何ですか。

 通常の内視鏡手術は2次元画面ですが、ロボットには3次元内視鏡が備わっているので、鮮明な立体画像のもとに手術を進めることができます。また、手術器具の先端に関節が備わっており、人の手を超えた動きを再現できるため、繊細な手術が可能です。さらに、手の震えを遮断する機能により、より細かい操作が可能となります。その結果として、手術成績の向上はもちろんのこと、技術の習得期間が短くなり、また、外科医の間の手術成績のばらつきが少なくなるとされています。

 前立腺や膀胱(ぼうこう)、子宮、直腸や食道など、狭い部位での細かい作業を必要とする場合に威力を発揮しますが、触覚がないという独特の特長もあるので、ある程度の慣れが必要です。

-前立腺がんはどのような疾患ですか。

 前立腺は、男性に特有の臓器で、膀胱と尿道括約筋の間に位置します。女性の子宮に相当するようなイメージで、精液の一部を作る役割があります。前立腺がんは、症状が出ることが少なく、多くの場合では、PSAという血液検査で疑われ、最終的に、組織検査やレントゲン検査で診断されます。国立がん研究センターのデータによると、2021年の男性の予測全がん患者数は57万7900人、そのうち前立腺がんは9万5400人で、男性の全がんの内で最も多いとされています。死亡数は1万2900人で第6位と予測されており、比較的経過はよいと考えられます。また、若い方で死亡する可能性は低いですが、70歳を超えると段々と死亡割合が増加する、すなわち、比較的ゆっくりと進行するが、最終的には死亡原因になりうる疾患とも言えます。

-どのような治療法がありますか。

 がんを治すことを目標とする治療として、手術療法、放射線療法があります。また、がんと共存する治療として、前立腺がん細胞が男性ホルモンの刺激によって増殖するという性質を利用した内分泌療法があります。病状によっては、積極的治療をひとまず行わない監視療法があります。これらの選択は、年齢や病気の進行具合、がんの悪性度、意思などを総合的に考慮して決定されます。手術療法には、開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット手術がありますが、多くはロボット手術で行われています。

-ロボット支援前立腺全摘除術とはどのような手術ですか。

 手術用ロボットを使って、前立腺を丸ごと摘出し、再び自然に排尿できるように、膀胱と尿道をつなぎ直す手術です。具体的な手順としては、全身麻酔の後に、腹部に6か所の筒を入れ、二酸化炭素を充填し腹部を膨らませます。筒には、手術用ロボットの腕をつなぎ、術者の操作がロボットに伝わるようにします。そして、筒の穴を通して、内視鏡および3本のハサミや鉗子(ピンセットのような器具)をお腹の中に入れ、それらを離れた場所にいる術者が操作して手術が進行します。また、残りの2本の筒からは、助手が針を出し入れしたり、血液などの液体を吸ったりして補助します。前立腺を摘出した後は、膀胱と尿道の端同士を1周縫って終了です。手術時間は約3時間程度で、手術翌日からは歩行や食事ができます。手術後は5-7日間、尿道カテーテルが入り、抜去できれば退院で、合計10日間程度の入院となります。

-ロボット支援前立腺全摘除術の特長はなんですか。

 良好な3次元画像と関節を持った機器を用いて手術をするため、従来の腹腔鏡手術よりも繊細な手術が可能となります。結果として、がんが治癒する率の向上や、手術中の出血量の減少が期待できます。また、従来の前立腺全摘除術では、術後の尿失禁や性機能障害が問題とされてきました。手術用ロボットを用いることにより、従来の術式と比べ、手術後の尿失禁が改善するまでの期間の短縮や、性機能温存の確率が高くなることが示されています。また、細い筒を経由して手術を行うため、開腹手術と比べ手術後の傷が目立ちにくくなります。現在までに約600例を執刀していますが、大きな合併症の経験はなく、非常に安全性の高い手術だと考えています。

-川崎医科大学総合医療センターの取り組みについて。

 泌尿器科でのロボット支援手術は、腎臓、副腎、膀胱、骨盤臓器脱に適応となっていますが、川崎医科大学総合医療センターでは発生頻度の高い前立腺がんに特化し行っています。

-ロボット手術の将来はどうなりますか。

 現在、術者と患者が離れた場所にいながら手術を行う、「遠隔ロボット手術」が試みられています。これにより、医療の地域間格差や医師不足問題の解消につながるのではと期待されています。極端な話をすれば、アメリカにいる医師の手術を、日本にいながら受けられることになります。法律的な問題など障壁はありますが、技術的には可能だと思います。

 また、人工知能を搭載した手術用ロボットが開発されています。熟練した術者の手術画像を人工知能が解析してデータ化し、経験の浅い術者を誘導するシステム等が開発されています。現在のシステムは、術者が判断しながら、ロボットを操作する様式ですが、最終的には、人工知能が自動的に判断して手術を行う「完全自動化」を目標としているようです。将来的には、人工知能により手術が自動的に行われる、「人工知能支援自動化ロボット手術」の時代になるのではないでしょうか。




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(2022年06月02日 更新)

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