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難治の食道がん克服へ 岡山大病院・野間和広講師 ロボット駆使 安全に手術

食道がん手術に携わる医師らによる症例検討会。さまざまなデータを基に、患者にとって最適な治療法を探っていく

岡山大病院周術期管理センターで手術を控えた患者について話し合うスタッフ。チーム医療を進めることで、合併症の予防につなげている

腫瘍が気管や大動脈と接し、当初は手術困難とされていたケース。抗がん剤治療を行った結果、ダビンチによる手術が可能になった

野間和広講師

 初期の食道がんは症状が出にくく、早期発見が難しい。見つかった時には腫瘍は食道組織を突き破り、周辺臓器に転移していることも珍しくない。さらに大動脈や気管といった重要な臓器と接しているため、手術には高度な技術が要求される。そんな難治性がんの克服に挑んでいるのが、岡山大病院(岡山市北区鹿田町)の野間和広講師(46)=食道外科=だ。手術支援ロボット・ダビンチを駆使し、安全かつ確実な手術を実施。理学療法士や栄養士ら専門職を交えたチーム医療を推進し、合併症予防にも力を入れている。

 5月下旬、同大病院の会議室。食道がん手術に携わる医師10人が集まり、数日後に控えた患者の手術方針が話し合われていた。

 前方に映し出されたのは70代男性のコンピューター断層撮影(CT)の画像。こぶし大に拡大した巨大腫瘍が食道だけでなく、そばの大動脈や気管に食い込むかのように広がっていた。がんの進行度を示す「ステージ(I~IV期)」は「III期」で病状は深刻だった。

 腫瘍を切り取ろうとすると周囲を傷つける可能性が高く、男性は他病院で“手術困難”と告げられていた。野間講師はダビンチでなら手術できると考え、約2カ月間、抗がん剤を投与し腫瘍の縮小を図った。その結果生まれたのが、大動脈や気管周囲のわずかなすき間だ。状態が映し出されたCTの画像を見て、野間講師は「これならダビンチで手術できる」とうなずいた。

体にやさしく

 食道がんの標準治療である開胸手術は首、胸、腹部を大きく切り開き、がんを含む食道や転移の可能性のある周りの臓器、リンパ節を切除する。手術時間は平均7、8時間はかかる上、傷口も大きく、患者にとってかなりしんどい。

 同病院は体にやさしい手術を目指し、2018年から食道がんにダビンチを取り入れている。開胸手術に比べ、胸部に直径1センチ程度の穴を5カ所開けるだけ。そこから執刀医の手の代わりとして3本のアームと高性能カメラを挿入し腫瘍を切除していく。

 ダビンチには人間の手では限界がある動きを可能にするという利点もある。アームの動きは緻密で、狭い空間でも安全に入り込める。手ぶれ防止も備え、神経や血管を傷つけることも少ない。巨大腫瘍ができた70代男性のように腫瘍が他臓器と接していても、安全かつ確実に切除することが可能という。

 同病院はダビンチによる食道切除方法を全国の医師に指導する「メンターサイト(国内7カ所)」の一つに指定され、野間講師は指導医を務める。18年に6例でスタートしたダビンチの手術件数は急速に伸び、19年は49例、20年は39例、21年は43例と、常に全国トップクラスの症例数を誇る。

 4年間の実績を見ると、合併症の少なさが群を抜いている。例えば声帯を動かす反回神経のまひは、リンパ節を切除する際に傷つけて起こりやすく、全国平均で20%前後と言われる。同大病院はこのまひを5・1%(21年度)に抑えている。さらに食道の縫合不全の割合は2%で全国平均(12%)に比べ圧倒的に低い。

 ダビンチに精通した医師が的確に操作し、術前・術後管理の徹底も好成績につながっていると野間講師は分析する。

「最善」を提供

 術前・術後管理の司令塔となるのが、岡山大病院周術期管理センター(PERiO)だ。全国の国立大病院に先駆け、08年に発足した。メンバーは手術に携わる外科医や麻酔科医のほか、看護師や理学療法士、管理栄養士らで構成する。

 食道がん手術を受けた患者はたんが出しづらいといった状態が続くため、高い確率で肺炎が起こる。命に関わるケースもあり、最も避けたい合併症の一つとされる。

 同センターでは理学療法士が術前の呼吸訓練に加え、術後のリハビリではたんを出す練習を徹底して行う。患者の状態によっては、歯科医や歯科衛生士が口腔(こうくう)清掃や歯の治療に当たり、あらかじめ炎症の原因を除去している。

 さらに、手術が決まった段階でスタッフが患者と定期的に面談し、不安や疑問に丁寧に応え、最適な状態で治療が進むようサポート。たばこやアルコールをやめるよう生活指導にも携わっていく。

 野間講師は「ダビンチを使ったからといって、外科医だけでは患者は治せない。さまざまな職種によるチーム医療が実践できていることが重要だと思う。中四国の拠点施設として、これからも最善の医療を提供したい」と話している。

 のま・かずひろ 岡山大医学部、同大大学院医歯薬学総合研究科博士課程修了。重井医学研究所付属病院医師、岡山大医学部消化管外科助教などを経て、2021年4月から現職。同大病院食道疾患センター副センター長兼務。米ペンシルバニア大への留学経験も。愛媛県出身。

 ■岡山大病院(岡山市北区鹿田町)

 野間講師の診察は月、水、金曜日。問い合わせは同病院食道疾患センター(岡山大大学院医歯薬学総合研究科消化器外科学、086―235―7257)。

【メモ】食道がん

 食道は長さ約25センチの筒状の臓器で、気管や心臓、肺などに囲まれ、体の奥深くにある。がんは食道の内側の粘膜にでき、そこから徐々に広がっていく。

 自覚症状は飲み込んだ際に食べ物がしみたり、つかえたりする感じがある。症状が現れた段階で病状はかなり進行し、周囲に転移しているケースも多い。

 わが国であらたに食道がんが見つかる患者は年間約2万6000人で、胃がん(年間12万6000人)や大腸がん(同15万人)に比べ圧倒的に少ない。だが、発見が遅れがちになるため、毎年1万1000人近くが命を落とす。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2022年06月06日 更新)

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