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急増する前立腺がん 倉敷成人病センターの取り組み

山本康雄医師

矢原勝哉医師

 高齢化などを背景に、前立腺がんと診断される患者が近年急激に増えている。男性がかかるがんの中では最も多い。倉敷成人病センター(倉敷市白楽町)は、ロボット手術や放射線治療など最先端の医療技術で根治を目指す。泌尿器科主任部長でロボット先端手術センター副センター長の山本康雄医師、放射線治療科主任部長の矢原勝哉医師に、それぞれの治療の特徴を聞いた。

高精度のロボット手術で対応
泌尿器科主任部長 山本康雄医師(ロボット先端手術センター副センター長)


 ―前立腺がんが増えている理由は何でしょうか。

 大きく二つあります。前立腺がんは高齢者に多く発症する病気です。60歳を超えると急激に増え、罹患(りかん)率は70代でピークとなります。高齢化の進展が大きく関与しているのです。

 もう一つの理由は診断技術の進歩です。中でも前立腺がんの早期発見のため、重要な検査にPSA検査があります。

 PSAは、精子を保護する前立腺液に含まれているタンパク質です。がんや炎症によって前立腺の組織が壊れると、PSAが血液中に漏れ出します。血液検査でPSA値を調べることによって前立腺がんの可能性が簡単に分かるのです。50歳を過ぎたら、年に1回はPSA検査を受けることをお勧めします。

 ―患者数は増えている一方で、治療成績は良好ですね。

 PSA検査による早期発見が早期治療に結びつき、完治する患者さんが増えているからです。がんが他の臓器に転移をせず、前立腺内にとどまっている限局がんであれば、根治を基本目標に手術か放射線治療を行います。

 がんが前立腺の被膜を破って広がっていたり、他の臓器に転移している進行がんの場合はホルモン療法が有効です。前立腺がんは男性ホルモンに依存して進行しますので、男性ホルモンの分泌や働きを妨げることで、がんの勢いを抑えられるのです。

 ―手術の具体的な方法は。

 手術は、前立腺と精のうを摘出した後、膀胱(ぼうこう)と尿道をつなぐ前立腺全摘除術を行います。

 全摘除術は従来開腹で行われていましたが、近年は手術用ロボットを利用した腹腔鏡(ふくくうきょう)手術が主流となりつつあり、当院でもロボット手術がほぼ100%を占めています。ロボット手術は下腹部に数カ所の小さな穴を開け、高精度のカメラや手術器具を挿入して行います。狭くて深いところも鮮明な視野のもと精度の高い手術が行えます。

 それゆえ、従来問題となっていた術後尿失禁の量や期間も減っており、患者さんの苦痛の軽減につながっていると思います。入院期間は10日ほどと短期になっています。

 2020年度は新型コロナウイルスの影響もあり、当院のロボット手術件数は60例と少し減りましたが、21年度は81例を実施しました。

 ―手術、もしくは放射線治療を選択する際のポイントは。

 治療成績はほぼ同等ですが、合併症の種類や頻度、治療期間などが異なります。最終的には患者さんの意向を尊重して決定します。それぞれの病状やライフスタイルに合った治療方法を選んでいただけたらと思います。

 やまもと・やすお 岡山朝日高校、愛媛大学医学部卒。香川県立中央病院、岡山大学医学部付属病院、岡山協立病院、岡山赤十字病院などを経て、2007年より倉敷成人病センター勤務。日本泌尿器科学会専門医・指導医、日本泌尿器内視鏡学会泌尿器腹腔鏡技術認定医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医。

放射線治療 効果は手術と同等
放射線治療科主任部長 矢原勝哉医師


 ―放射線治療とはどういうものですか。

 がん細胞を狙って放射線を照射し、そのDNAにダメージを与えて死滅させる治療です。ポイントは、いかに周辺の正常細胞を避け、がん細胞だけに放射線を集中させるかにあります。正常な細胞は少量の放射線であれば短時間で回復しますが、がん細胞のような細胞分裂の活発な細胞は放射線の影響を受けやすいのです。放射線の量を小分けにして何回も照射することで正常細胞を回復させつつ、がん細胞を攻撃します。

 体を切らず治療中の痛みもないので、身体的な負担が軽い治療法です。日常生活を送りながら通院で治療できるのもメリットです。

 1970年代までの放射線治療は副作用が強く、治療効果もあまり期待できないものでした。その後CTが登場し、コンピューター技術の発展もあって3次元の治療計画立案が可能になりました。正常組織を極力避けて患部に放射線を集中できるようになり、治療成績は大きく向上しました。その完成形が強度変調放射線治療(IMRT)と言えます。現在、前立腺がんと子宮頸(けい)がんに対する放射線治療は、がんがどのステージにあったとしても手術と同等の効果がある根治療法だということが広く認識されるようになりました。

 ―倉敷成人病センターの放射線治療科ではIMRTと密封小線源療法を行っています。まずはIMRTについて教えてください。

 2000年ごろから国内に導入されたIMRTは、CTやコンピューターを使い、腫瘍に放射線を集中させる治療技術です。放射線をどの方向からどの程度の線量で、どういった形で照射すれば最も効果的なのかをコンピューターを使って綿密に治療計画を立てます。腫瘍の形状に合わせて、そこだけくり抜くように放射線を照射するため、従来よりも高い線量の放射線を照射することが可能になりました。治療成績は大きく向上し、副作用は減りました。1回の照射時間は2分ほどで計39回行います。1日1回、週に5回外来に通っていただき8週間程度かかります。

 ―2021年4月から始めた小線源療法について聞かせてください。

 小線源療法は、IMRTのように外部から放射線を当てるのではなく、前立腺の内部にごく小さな放射性物質を入れて、がん細胞を死滅させます。

 具体的には、低線量の線源(ヨウ素125)を密封したチタン製カプセル(太さ1ミリ、長さ5ミリ)を50~100本前立腺内に挿入します。この線源が微弱な放射線を発し、がんを徐々に死滅させるのです。放射線が届く範囲はごく短いので、周辺臓器への影響は非常に低く抑えられます。治療には3泊4日程度の入院をしていただきます。カプセルは体内に残りますが、放射線量は約60日で半減、1年もすれば問題とならない量になります。

 IMRTと小線源療法の治療効果はほぼ同等とわれわれは捉えています。

 放射線治療は、手術と同等の治療結果を残していますが、国内での理解はいまひとつのようです。欧米ではがんと診断されたら6~7割が放射線治療を選択しますが、日本では3割そこそこと言われています。副作用が少ない放射線治療のメリットをぜひご理解いただきたいと思います。

 やはら・かつや 福岡県立福岡高校、産業医科大学医学部卒。産業医科大学放射線治療科などを経て2021年より倉敷成人病センター勤務。日本医学放射線学会研修指導者、日本放射線腫瘍学会・日本医学放射線学会放射線治療専門医、日本放射線腫瘍学会放射線腫瘍学認定医、日本ハイパーサーミア学会指導医。



 前立腺がん 全国がん登録で、2018年に新たに患者と診断されたのは9万2021例で、男性がかかるがんの中で一番多い。罹患率は60歳あたりから急激に上昇する。19年の死亡者は1万2544人。診断や治療技術の向上により生存率は高く、国立がん研究センターが昨年11月に発表した前立腺がんの10年生存率は99%。罹患のリスクは高いが、早期に見つかれば命を落とす恐れは少ないがんと言える。

 前立腺 膀胱のすぐ下にあり、尿道を取り囲んでいる。その大きさや形はクリやクルミに例えられる。精液に含まれる前立腺液を作る。前立腺液は精子に栄養を与えたり保護したりする働きがあるとされる。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2022年06月20日 更新)

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