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(3)治療抵抗性統合失調症の治療 慈圭病院医局長兼診療部長 岡沢郎

岡沢郎氏

 統合失調症は主に青年期に発症し、幻覚や妄想、意欲の減退や感情の平板化などさまざまな症状が認められ、近年の精神科医療の進歩により回復可能な疾患になっています。しかしながら、複数の治療薬を十分な用量、十分な期間使っても症状の改善が乏しい場合や、副作用のため治療薬が十分に使用できない場合があります。これを治療抵抗性統合失調症と呼び、社会的引きこもりや入院の長期化などにつながり、患者さんの社会復帰の阻害要因のひとつになっています。

 クロザピン(商品名クロザリル)は、この治療抵抗性統合失調症に有効性が認められている世界で唯一の治療薬ですが、白血球減少や心筋炎、けいれん発作など注意すべき副作用が認められているため、使用にはCPMS(クロザリル患者モニタリングサービス)というルールが定められています。

 副作用は投与開始後、早期に出現しやすいため、クロザピンは必ず入院して開始され、定期的に血液検査を行い、患者さんの健康状態を厳重にチェックしながら投与されます。さらに、重大な副作用が出現した際に総合病院で迅速に対応できる体制を整えています。このように精神科医、看護師、検査技師、薬剤師そして総合病院と連携して患者さんの安全に万全を期しています。

 クロザピンは治療抵抗性統合失調症にのみ使用されますが、他の治療薬と比べて幻覚妄想や衝動性の改善、自殺予防、治療継続性、入院回数の減少など、さまざまな点で優れていることが報告されています。特に、クロザピンが重大な副作用を持つにもかかわらず、統合失調症患者さんの死亡リスクを最も低下したという報告は大変興味深いと思われます。

 慈圭病院では2013年よりクロザピンの使用を開始しました。これまでに約140人の患者さんに投与し、その4分の1の患者さんが外来通院に移行しました。

 Aさんは複数の治療薬を併用していましたが、クロザピンで病状が安定し10年ぶりに退院することができ、現在は作業所に通所しながらアパートで単身生活を送っています。

 Bさんは長い間病状が不安定で治療に対して拒否的でしたが、クロザピンを開始して幻聴や妄想が残存しながらも治療の必要性を理解して自主的に通院できるようになりました。

 一方で約半数の患者さんは入院治療を継続しており、副作用の問題などで中止した患者さんもいます。

 わが国のクロザピン処方率は諸外国と比べてかなり低く、多くの治療抵抗性統合失調症患者さんがその恩恵を受けずにいます。そうした患者さんが一人でも多く社会復帰を果たすため、また新たな長期入院を生まないためにクロザピン処方率の向上が重要だと考えます。

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 慈圭病院(086―262―1191)

 おか・たくろう 岡山大学卒業。岡山大学病院、慈圭病院、山陽病院、下司病院で勤務。2008年より慈圭病院に勤務。18年から医局長、19年から現職。精神保健指定医、精神保健判定医、日本精神神経学会認定専門医・指導医、臨床精神神経薬理学専門医、日本医師会認定産業医。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2022年09月05日 更新)

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