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(4)認知症の人の意思決定を尊重する支援を 慈圭病院病棟医長 安田華枝

安田華枝氏

 認知症に対する予防や治療には大きな期待が向けられています。昨年新しい認知症治療薬がアメリカ国内で条件付き承認され、日本円にして年間600万円余りの医療費と共に話題になりました。これはアルツハイマー病の脳内にたまったアミロイドβ(ベータ)というタンパク質を除去するための抗体医薬で、初の中核症状の進行抑制に関与する薬です。

 一方で認知症を発症する前の40歳代頃から、脳内では原因タンパク質の蓄積が始まっており、どのタイミングで治療を開始するのが効果的なのかはまだ議論の途上です。一部の若年発症を除くと、認知症の原因は老化と密接に結びついており、例えば90歳代の方の60%は認知症であると報告されています。高齢になれば誰もが認知症になっていくということで、脳の老化と病気の境界は厳密には分かち難く、そのため予防や治療の評価も難しい面があります。

 認知症の初期は診断されることも含めて、特に不安や抑うつを伴いやすい時期です。不安や恥ずかしさから助けを求めにくく、周囲からは失敗を指摘されて自信を失い、孤立して落ち込むことも増えます。ひどくなると、防衛的に身近な人に敵意や妄想を持ってしまうこともあります。

 また、急に興奮して認知症が進んだようにみえる「せん妄」が起こると、周囲は安全を優先して、本人の意見が尊重されないことがあります。このように大切な人との関係が変化し、自己決定が制限されることも、認知症の中核症状に加えて、精神的にとてもつらいことです。

 2018年に「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」が定められました。日常生活で「何を着る、食べる、出かける」といった身近な事柄や、社会生活では「どこに住む」など重大な場面で、その人の意思を尊重するものです。

 その人がこれまで大事にしてきた価値観や、住み慣れた生活習慣が反映できるよう、時間をかけて共に考えることを推奨しています。少し困難かと思われるような希望でも、最初から否定せず、その気持ちを十分言葉にしてもらってから、解決策を一緒に考えるというプロセスを繰り返していきます。認知症になったとしても、自分を変わらずに尊重してくれるという安心感があれば、適切な時期に必要な援助を取り入れて、希望に沿った生活を準備できるでしょう。

 一方で介護者の方の不安や負担を軽減することも重要です。せん妄、抑うつ、妄想など認知症の行動・心理症状(BPSD)は、介護者にとっては中核症状以上に負担が大きいこともありますが、環境調整や薬を調整することで改善します。当院は岡山県認知症疾患医療センターに指定されており、生活面の支援や家族の負担軽減等のご相談にも、看護・心理・精神保健福祉士など専門職チームで対応しています。

 認知症に限らず老化に対して、よく眠り、適切に食べ、筋力を維持して循環を良くすることは、脳内の血流を増やし老廃物の排泄(はいせつ)に有効とされており、これは適切な予防です。また介護者も含めた穏やかな関係の中で、自分らしく過ごすことが、一番の治療になるのではないでしょうか。

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 慈圭病院(086―262―1191)

 やすだ・はなえ 岡山大学医学部卒業。岡山大学精神神経科入局後、川崎病院、さぬき市民病院、国立病院機構岡山医療センター、岡山大学病院に勤務。医学博士取得後、米国ペンシルヴェニア大学神経変性疾患研究所に留学。三船病院、万成病院を経て2020年より慈圭病院に勤務。精神保健指定医、日本精神神経学会専門医・指導医、日本認知症学会専門医・指導医。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2022年09月19日 更新)

タグ: 脳・神経慈圭病院

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