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(1)はじめに  倉敷中央病院小児科主任部長 新垣義夫

 あらかき・よしお 沖縄県立首里高、京都大卒。国立循環器病センター小児科を経て、2000年5月倉敷中央病院小児科、03年10月から現職。日本小児科学会専門医、日本循環器学会専門医、日本小児循環器学会専門医制度暫定指導医。

■みんな赤ちゃんだった

 たった今、赤ちゃんを抱っこしているあなたも、子育てでアタフタしていたあなたも、昔はみんな赤ちゃんだったのです。このシリーズでは、病院で働く者たちからみた、こどもたちの魅力、危うさ、こどもたちを取り巻く環境の優しさ、厳しさ、成長して社会を担うようになることの素晴らしさ、つらさなどについて、からだやこころ、そして病気のお話を通してお伝えできればと思います。

 「こどもの森」は、こどもたちが住んでいる森ですよ。こどもは生まれてくると森の中で育って、大きな海に旅立って行きます。

 こどもの森に入るとすぐに“新生児、乳児の森”です。次に“幼児の森”が広がっています。それから“学童の森”と続きます。その先は“社会”という広い海原になっています。海岸にある港から社会人としてのそれぞれの航海に旅立ちます。中には、大海原に向かわずに、海辺に住む人たちもいます。それぞれの場所で「おとな」として人生を歩んで行きます。森の中で育つこどもたちを診るのがわたしたち、小児科医です。

 こどもの森の中にはいろいろな冒険があります。楽しいこともあるし、怖いこともあります。ウイルスや細菌といったバイキンマンの仲間たちもいます。崖や川といった自然の脅威もあります。また、よく分からない病気も住んでいます。このような森で遊びながら成長するこどもたちの手助けをする場所のひとつが病院です。その他にも保育園、幼稚園、学校があり、こどもの森の楽しみ方や過ごし方を教えます。こどもたちは森の中でチャレンジをし、さらに次の森へ進む準備をします。もちろん、森の中には、試練にあった場合に、こどもや家族の手助けをしてくれる保健所や児童相談所もあります。

■成長するこどもたち

 森の主人公であるこどもたちの特徴をみてみましょう。

 お母さんのおなかの中で10カ月もの間守られて、大きくなったこどもたちが生まれてきました。さあ、“新生児、乳児の森”での生活の始まりです。しかし、まだ、食べ物や着る物や寝る場所も自分で探すことができません。でも、ここからがこどもたちの素晴らしさの始まりです。すぐにこどもたちは探索反射というお乳をさがすしぐさをします。手のひらに指を当てると握るしぐさ(把握反射)など、他にもさまざまなしぐさをします。よくみてあげてください。こどもたちの発達は頭側から足に向かって、また、からだの中心(中枢)から指先(末梢まっしょう)向かって進みます。歩くのが一番あとですね。また、指でつまむのがあとですね。

 一番発達し、一番発育する時期もこの新生児・乳児期です。グラフ1でそれぞれのからだの組織の発達曲線の中の「身長・体重」として示しましたが、第二次性徴期(10〜15歳ごろ)よりも発育する速度が大きいのです。この発達と発育は、全体の見た目だけのものではありません。グラフ1を見ると体の中の臓器にも発達と発育の時期・年齢がありますね。大きく分けて四つのグループに分かれます。扁桃腺へんとうせんの大きさに代表されるリンパ系、神経系(脳や神経・筋肉)、身体系(身長や体重)、生殖系(性)となります。こどもで扁桃腺が大きいのは普通です。脳や神経の発達は12歳ごろまで続いていますね。性の発育は臓器の中では遅く、12歳前後から始まります。それぞれの系の発達や発育の時期が異なることに注目してください。

■免疫力の獲得

 お母さんのおなかの中では胎盤を通じて免疫物質をもらいます=グラフ2参照。出始めたころの母乳の中にも免疫物質が含まれています。この免疫は生まれて3〜6カ月くらい保たれるので、この時期の赤ちゃんが風邪をひくとすれば、お母さんが免疫をあまり持っていないウイルスのことが多いので、おとなが風邪をひくくらいの頻度しかありません。インフルエンザや胃腸炎、水痘(みずぼうそう)などになっても、お母さんに免疫があって、それをもらっていればめったに重症にはなりません。また、生まれて数時間するとお母さんの常在菌が赤ちゃんの体にもうつって病原菌から守ってくれます。赤ちゃんは無菌ではありません。このように、哺乳類としての赤ちゃんはお母さんからもらったもので守られています。

 でも、それだけではありません。例えば、今から50〜60年ほど前、1950年の乳児死亡率(1歳未満、千人当たり)は60・1でした。64年(東京オリンピックの年)は20・4と3分の1に減りました。2010年には2・3と約30分の1まで減っています。これは、上下水道などの整備、栄養状態の改善、国民皆保険、予防接種の普及、医療の進歩などによるものです。「森」の中の設備や環境が変わってきたのですね。自然の力だけでは守りきれません。

 こどもたちは生まれてすぐに自分の力で免疫物質を作りだします。生まれて初めて会う病気(感染症)にかかりながら自分の免疫物質を作っていきます。病気にかかるたびに強くなっていきます。入院するこどもたちの多くは3歳までです。ですから、周りの人たちは病気に負けてしまわないようにサポートしてあげることが大事ですね。

■こどもたちの様子の見方と過ごし方の注意点

 これから森の冒険に入るこどもたちの様子の見方について触れておきましょう。

 こどもたちが熱を出したり、咳せきをしたり、何か変だと思われたときは、次の点に注意してみてあげてください。まず、(1)遊ぶかどうか(2)食べるかどうか(3)飲めるかどうか(4)眠れるかどうか(寝付けるかどうか)―の4点です。この順番で悪くなっていきます。逆に良くなる時はこの逆の順番で良くなってきます。遊ぶ、食べるができているこどもはまだ大丈夫です。遊ばない、食べないこどもでも、飲めて、眠れていたら森の家でみることもできます。熱があっても、咳をしていても、遊べて、食べているこどもは大丈夫です。しかし、飲めない、眠れない(寝付けない)こどもは森の小児科医に診てもらってください。これが大事なことです。

 病気になったときは、(1)安静(2)栄養(3)保温―の三つの基本的なことにも気をつけましょう。(1)と(3)で不必要なエネルギーの消費を押さえる(体力を温存する)こと、エネルギーの基になる(2)を摂とることを意味しています。感染に対する余力(いわゆる感染に対する免疫力・抵抗力)を残しておくことにつながります。

 感染症の予防で大事なことは、感染経路を断つ「手洗い」です。一般的にウイルスをはじめとする病原体は、手から口や鼻に運ばれることが多いといわれています。手洗いは感染予防には最も大事で、最も効果的な方法です。

 感染症の基本的な予防策は「免疫力を温存して、感染経路を断つ」です。

 初回の話はここまでです。15回にわたって小児科医のみた「こどもの森」をご覧ください。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年06月04日 更新)

タグ: 子供倉敷中央病院

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