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第6回「循環器」 川崎医科大学循環器内科学 上村史朗教授

上村史朗教授

 心臓は働き者だ。生まれてから休むことなく動き続け、われわれの命を保ってくれている。しかし、高齢になると心臓など循環器の病気が増える。日本人の3人に1人ががんで亡くなるといわれるが、70歳を超えるとがんより循環器系の疾患の方が多くなるという。心臓はどんな働きを担い、病気にはどのようなものがあるのか。川崎学園特別講義第6回のテーマは「循環器」。川崎医科大学循環器内科学の上村史朗教授に解説してもらった。

■ 仕組みと働き

 循環器は心臓と血管で構成され、全身に血液を行き渡らせるための内臓器官です。握りこぶし大の心臓の左心室から拍出された血液は大動脈に出て、末梢動脈、毛細血管へと流れて体内のあらゆる組織に酸素と栄養を運びます。毛細血管では酸素や栄養と、組織から出た二酸化炭素などの不要物、余分な水分との交換が行われています。

 【ポンプ機能】

 私たちの体の細胞、とりわけ脳細胞は酸素と栄養のない状態に長い間耐えられません。心臓が10秒間止まると脳は機能を停止し、意識はなくなります。3分間新しい血液が来ないと脳細胞は壊れ始めます。

 酸素と栄養を運び終わった血液は静脈を通って心臓に戻ります。静脈血は右心房、右心室、肺動脈から肺に流れ、肺で新鮮な酸素をもらった動脈血は左心房から左心室、再び大動脈へと体内を「循環」します。

 左心室と右心室がポンプの役割を担い、拡張と収縮を1日に約10万回繰り返します。トータルで7200リットル(重さは約10トン)の血液を1日で運ぶという、驚くほどの仕事をしています。血管は、毛細血管まで含めると約10万キロといわれます。この働き者の心臓が疲れ果て、機能低下した状態が心不全です。

 【心臓弁】

 血液の流れは一方通行なので、逆流しないよう4カ所にバルブ(大動脈弁、僧帽弁、三尖(さんせん)弁、肺動脈弁)があります。血液が流れ込むと大きく広がり、送り出した後はぴたりと閉じます。大動脈弁が開いて血液を大動脈に送り出すときは、僧帽弁が閉じて逆流を防いでいます。

 最近は大動脈弁の病気がすごく増えています。年齢とともに弁が硬くなって広がらなくなったり、閉じにくくなって逆流したりする弁膜症という病気です。

 【冠動脈】

 心臓が働き続けるためには心臓自体に十分な酸素と栄養が供給される必要があります。心臓の中にはたくさんの血液がありますが、それを直接使うことはできません。心臓を養っているのが、その表面を覆うように伸びている冠動脈という血管です。右に1本、左に2本、計3本あります。

 冠動脈は直径約3ミリ、太いところで4ミリくらい。この細い血管が1日約10万回の心拍動を支えています。非常に大切な血管ですが、すごく動脈硬化を起こしやすいのです。

■ 主な病気

 心臓の病気は多々あり、いずれも命に直結しますし寝たきりの要因ともなります。生活習慣に気を配り、予防を心掛けてください。

 ここでは冠動脈疾患(心筋梗塞、狭心症)、不整脈(心房細動)、心臓弁膜症(大動脈弁狭窄(きょうさく)症)の三つを取り上げます。

 【冠動脈疾患】

 冠動脈の太さは3~4ミリですが、血管の壁の厚さは約0・5ミリです。そんなに薄い血管の壁の中にコレステロールやカルシウムが沈着して内腔(ないくう)が狭くなり、しなやかさが失われてしまうのが動脈硬化です。動脈硬化には食事や運動など生活習慣が関わっています。

 コレステロールがたまっている薄い膜が破れると、血液と接触して一気に血の塊である血栓ができてしまいます。冠動脈の内腔が狭くなって心臓への血のめぐりが悪くなったのが狭心症、冠動脈が血栓によって詰まった状態を心筋梗塞といいます。詰まるとそこから先には血液が流れなくなって心筋細胞が壊れ始めます。

 街中で意識を失って倒れた人の多くは心臓が止まっています。心臓マッサージをして少しでも脳に血液を送りながら、AED(自動体外式除細動器)を使ったり、救急車を呼んで病院搬送しなければなりません。突然死の原因で最も多いのが心筋梗塞です。

 治療は血栓溶解薬を使ったり、手首の血管などから入れたカテーテル(細い管)を心臓まで送り込み、血栓を除去し、再開通を試みる方法が行われます。

 【不整脈】

 不整脈の中で一番重要なのは心房細動です。動悸(どうき)や胸が苦しいなど患者さんの自覚症状は強く、放っておくと脳梗塞など全身に症状が出てくることがあります。

 心臓は1分間に約70回、一定のリズムで拍動しますが、心房細動が起きると心房がとても細かく震えて拍動できません。血液の流れは滞り、血栓ができやすくなります。左心房では直径2センチほどの血栓ができる場合もあります。そんな血栓が左心室を通り抜けて大動脈に入ると、頸動脈(けいどうみゃく)や脳内の動脈で詰まって、かなり大きな脳梗塞を起こすことがあります。

 心房細動が原因で起こる心原性脳塞栓症は障害の範囲が広く、死亡や、寝たきりの原因となります。

 治療には薬物療法と、カテーテルアブレーションがあります。心房細動の原因は、左心房につながる肺静脈で発生する異常な電気信号です。カテーテルアブレーションは、カテーテルを使って肺静脈と左心房の間を高周波電流で焼く治療法です。異常な電気信号は遮断されて心房細動は起きなくなります。

 【弁膜症】

 50歳を超えるころから僧帽弁や大動脈弁の病気が急速に増えてきます。

 大動脈弁は、きれいに開いたときの開口部の面積は2・5~3・5平方センチほどです。加齢と動脈硬化に伴って弁にカルシウムが沈着してうまく開かず、血液を送り出しにくくなります。大動脈弁狭窄症といい、開口部が1平方センチ以下になると重症です。

 重症になると左心室の負担が大きくなり、十分な血液が全身に行き届かなくなります。冠動脈に異常がないのに心臓の筋肉に十分な酸素が送れず、狭心症のような症状が起きることがあります。ひどくなると失神する人もいます。大動脈弁狭窄は長い期間無症状ですが、症状が出始めたら病気は急速に進行します。

 治療は、TAVI(タビ)(経カテーテル的大動脈弁置換術)があります。カテーテルを操って大動脈弁を人工弁に交換する治療です。従来の開胸手術に比べ患者負担は少なく、高齢者への適応も広がっています。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2022年11月21日 更新)

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