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(52) 音声外科手術 倉敷中央病院 土師 知行 耳鼻咽喉科・頭頸部外科主任部長(59) 声のかすれ改善 喉の軟骨介し声帯動かす

声帯を映し出す内視鏡を手にした土師主任部長。「ひどいかすれ声で困っていた患者さんが手術後、きれいな声を出した時はうれしい」と語る

 「ベー・チェチョルさんをご存じでしょうか」。静かに切り出した名前の主は「アジア史上最高のテノール」と称された韓国人歌手。欧州で活躍中の2005年、甲状腺がん手術で歌声を失う。が、翌年の音声外科手術後、奇跡的な復活を遂げた。

 執刀したのが、世界で指折りの技術を持つ京都大名誉教授の一色信彦。その教えを受けた土師が「音声外科は、病変の切除ではなく、音声機能そのものの改善が目的」と解説する。

 喉頭内部には、左右の壁から声帯というひだが張り出している。声を出さない時、声帯の間(声門)は開き、空気を通しやすくしている。一方、発声時は声門が閉じ、吐く息が通り抜けると声帯が震え、音が出る。これが咽頭、口腔(こうくう)、鼻腔(びくう)などに共鳴して声になる。

 声帯の動きを支配しているのが反回神経。まひすると、音声障害や誤嚥(ごえん)などを招く。「声帯が動かず声門が閉じないため、声がかすれ、長くしゃべれない」と土師。代表的な治療法が、喉頭枠組み手術と呼ばれる「甲状軟骨形成術」と「披裂軟骨内転術」である。

 形成術は、声帯に直接手を加えず、喉側から覆っている甲状軟骨の形状を変化させる。喉の皮膚を約5センチ切開後、甲状軟骨の一部を窓状に切って人工の医療材料を入れたり、軟骨を縦に切って広げるなどの方法で、声帯の位置や長さ、緊張度を変える。「鼻から挿入した内視鏡で声帯を映し、局所麻酔で術中に声を出してもらい調節しながら行う」と語る。

 声門の隙間が大きい場合は内転術。声帯が付いている披裂軟骨を動かし、声帯を内側に寄せる。局所か全身麻酔で喉を7~8センチ切開。披裂軟骨にナイロン糸を掛けて引っ張り、甲状軟骨などに縫い合わせて固定する。「二つの術法をうまく組み合わせ、声を良くする」と言う。

 倉敷中央病院では年間、合わせて約15例。耳鼻咽喉科・頭頸部(とうけいぶ)外科が手掛ける手術総数約1400例のごく一部だが、音声外科手術を行える施設は全国に少なく「人間として重要な声に悩む患者さんに高度な医療で応えたい」と話す。無論、喉頭がんなどでは可能な限り、音声機能を温存する術式に努める。

 乳幼児の声門下狭窄(きょうさく)に対する手術、誤嚥性肺炎予防の喉頭気管分離術などにも力を注ぎ、今や国内有数の実力医だが、医家になるまでには曲折があった。

 京都大に当初入学したのは工学部。しかし、学生運動のあおりでほぼ休校の状態に「将来は人間に関わる医師に」と軌道修正し、翌年医学部に入り直した。岡山市立高松中で吹奏楽部に在籍し、音や声に関心があったことから耳鼻咽喉科へ進んだ。

 母校で一色の薫陶を受け、音声外科の奥深い概念、術法を習得。高知医科大(現高知大医学部)で齋藤春雄(現名誉教授)、頭頸部がん治療で名高い岸本誠司(現東京医科歯科大教授)から医師、研究者としての倫理や手技など学び、飛躍した。

 両親の病気を機に帰岡し、現病院に勤めて18年以上。「日々是(これ)新たなり」を人生訓とし、温和な表情で唱えるのは「人に優しい医療」である。(敬称略)

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 はじ・ともゆき 総社高、京都大医学部卒。レノックスヒル病院(米ニューヨーク)音声科学研究室研究員、京都大耳鼻咽喉科助手、高知医科大講師などを経て2003年から現職。京都大臨床教授、日本音声言語医学会評議員、日本気管食道科学会理事も務める。趣味は山登り、幅広いジャンルの音楽鑑賞。

 喉頭 咽頭(鼻腔や口腔の奥から食道の入り口までの管状の部分)と、気管の間の部分。空気が出入りする気管に、飲食物や異物が入らないよう防ぐ働きと、発声機能を持つ。甲状軟骨などの軟骨に囲まれ、中央部に声帯がある。男性では「喉仏」として、体表に隆起している。

 反回神経 声帯の動きをつかさどる。脳の延髄から下降する迷走神経から枝分かれし、いったん胸部に入った後再び上に向かい、喉頭の筋肉に分布する。甲状腺がん、食道がん、胸部大動脈瘤(りゅう)やその手術、脳梗塞、ウイルス感染などで障害を受けると、声帯まひが起こる。

 外来 土師主任部長の診察は月、水曜日の午前9時~午後1時。火曜日午後2時半~4時半には音声、嚥下(えんげ)の専門外来も担当。いずれも原則として予約制。

倉敷中央病院

倉敷市美和1の1の1

電話 086―422―0210
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年12月19日 更新)

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