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命を支えるエンジニア 岡山済生会総合病院臨床工学科技士長補佐 臨床工学技士 佐々木新さん(38)

職員食堂で休憩をとる佐々木さん。臨床工学技士を目指そうと思ったのは高校3年生の時だったという。「両親に勧められたんです。人の役に立てればいいな、そう思って決めました」

腹腔鏡カメラを操作する佐々木さん(右)。執刀医(中央)の次の動きを読みながら、安全でスムーズな手術を支える=4月7日、岡山済生会総合病院

臨床工学技士の仕事の大きなウエートを占めているのが人工透析。患者は週に3回、1回4時間程度の透析を一生続けなければならない。透析業務に長く携わっている高尾晃輔さん(42)は「患者さんとの信頼関係がとても大切」と言う=岡山済生会外来センター病院(画像の一部を加工しています)

中央管理室にずらりと並ぶ人工呼吸器やモニター類。臨床工学技士は、院内のさまざまな医療機器がいつでも使えるよう管理している

 医療現場はさまざまな職種の人々で支えられている。医師や看護師だけでなく薬剤師や管理栄養士、臨床工学技士、臨床検査技師、理学療法士、作業療法士、診療放射線技師…。そうしたスペシャリストたちの活躍にフォーカスする。

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 4月初旬、岡山済生会総合病院(岡山市北区国体町)の手術室。クラシック音楽がかすかに流れる中、腹腔鏡(ふくくうきょう)による胆のう摘出手術が進む。患者のおなかに小型カメラや鉗子(かんし)が差し込まれ、炎症を起こした胆のうを周辺組織から切り離す様子が傍らのモニター画面に映し出されている。

 カメラを操り、執刀医の「目」の役割を担うのは臨床工学技士(CE=クリニカルエンジニア)の佐々木新さん(38)。手術がスムーズに進められるよう、執刀医の次の動きを読んで視野を確保する。

 メディカルスタッフの中で、医療機器の扱いに精通したうえで疾患の特徴、臓器や血管、神経の位置関係、手術の流れなども理解しているのはCEのみ。現代の医療現場に欠かせぬエンジニアだ。

 ■何も起こさせない 

 医療の進歩は科学技術の進歩でもある。診断や治療の新たな技術とそれを実現する機器を開発し、困難な疾患を乗り越えてきた。

 生命維持に関わる人工呼吸器や人工心肺装置、人工透析装置をはじめ心臓ペースメーカー、手術支援ロボット、内視鏡やカテーテルによる検査や治療など近年の発展は著しい。性能が高まり操作が複雑になる中、医療機器の専門家として誕生したのがCEだ。

 岡山済生会総合病院には23人のCEが働いている。院内にある大小さまざまな医療機器約3100台を管理し、点検や修理に当たっている。臨床の現場では医師の治療方針に合わせて機器を設定し、正確に動いているかをチェックしたり操作したりする。使い方を指導し、医師に意見を述べることもある。

 求められているのは、全ての医療機器が必要なときにきちんと作動し、診療が安全に、スムーズに進むことだ。機器の不具合は患者の命に関わる。「何も起きないことがCEの仕事の成果」と佐々木さんは言う。

 ■信頼を得る 

 佐々木さんはCEになって2年目に手術室に配属された。医師や看護師はベテランばかり。初めは気後れしていたという。

 臨床現場では、いろんな職種が対等の立場で連携し、意見を出し合い、患者に適切な医療を提供するチーム医療が重視されている。ただ、それには高い専門性に裏打ちされた相互の信頼が前提となる。

 CEは工学の知識はもちろんだが、不測の事態に即座に対応するため、臨床現場の実情に応じた実践的な知識と技術も求められる。

 佐々木さんは勉強した。外科医が参考にする解説書を読み、学会に参加し、新たな資格も取った。経験を積みながら周囲の信頼を得て、医師らともディスカッションを交わすようになると仕事のやりがいは増す。同時に、責任の重みも強く意識するようになった。

 ■期待に応える 

 10年ほど前。劇症型心筋炎で救急搬送された高齢の女性がいた。心臓の機能が急激に低下し、心停止になりかねない怖い病気だ。

 緊急の知らせで駆け付けた20人ほどの医師、看護師、CEらで治療室はいっぱいになった。佐々木さんらは破たんしかけた女性の血液循環を維持するため、すぐに人工心肺装置ECMO(エクモ)を立ち上げた。

 集中治療室(ICU)に移った後も女性の心臓は何度か止まりかけた。心臓が自らの力を取り戻すまでの間、いかに支え続けられるかが生死を分ける。CEもチームを組んで24時間態勢をとった。心臓の動きを助けるペースメーカーを入れることで、女性は3週間後にエクモを離脱できた。

 退院し、半年に1回外来を訪れる女性のペースメーカーを今も見守っているのは佐々木さんたちだ。当時を思い返して「命の力強さを実感する」とともに、「その命を支えられた医療チームの1人であることに誇りを覚える」と言う。

 医療現場は今後、人工知能(AI)など先端技術の活用が広がり、CEの役割は重要性を増すだろう。佐々木さんは「医療現場の期待に応えるため、さらに専門性を高めなければならない」と話している。

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 ささき・しん 呉市出身。広島国際大学臨床工学科卒。2007年4月に岡山県済生会総合病院入職。21年4月から現職。心血管インターベション技師の資格も有する。日本臨床工学技士会、日本心血管インターベンション治療学会、日本手術医学界、日本内視鏡外科学会に所属。妻も臨床工学技士で息子が2人。家族で医療ドラマをよく見るという。

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 臨床工学技士 医療現場で高度な医療機器を扱う専門職。1987年に制定された臨床工学技士法によって制度化され、国家資格となった。約3万人が医療機関で働いているという。医療機器の保守点検をはじめ人工透析を行う血液浄化業務、心臓や肺に代わる体外循環装置を扱う人工心肺業務、心臓ペースメーカー業務、血管カテーテル業務、手術室・集中治療室業務などに当たっている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2023年05月16日 更新)

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